私には、息子が3人いる。
長男を授かった時、「どんな事があっても、嘘をつくまい」と心に誓った。
私と夫だけは、子どもにとって裏表のない親でありたい、絶対に信頼できる存在でありたい、と思ったからだ。
そんな私が、誓いを破らざるを得ない事態に直面する。
次男が中学1年生だった時だ。
幼いころから元気で人懐っこい性格の息子の周りには、やんちゃな子が集まってきた。
学校から注意を受けたり、警察から補導されることもあり、目立つ存在だったと思う。
春休みを目前にした2月の半ばごろ、夕飯の準備をしている私の背中に、息子がささやいた。
「ちーちゃん」
消えそうな声だ。
「話あんねん、誰にも言わんといて」
私は振り向いて息子を見た。
青ざめた表情から、ただならぬものを感じた。
「Sが上級生からぼこぼこにされてるねん。誰かわからんくらい顔が腫れてるねん」
Sとは違うクラスだが、中学で友達になった。
「次はお前や、って言われた」
中学1年といえば、まだあどけない子供だ。
私は、すぐには信じられなかった。
「Sな、先輩が怖くて親にも先生にもよう言わんねん。ほっといたら死んでしまう」
息子は震えている。
「私はどうしたらいい?」
息子に聞いた。
「話聞いてくれるだけでいい」
私は息子に「スーパーへ行く」と言い、コンロの火を消しバッグを取って家を出た。
暖冬とは名ばかりで、氷のように冷たい風が私の頬を突き刺した。
顔を横に傾け、歩きながら学校に電話した。
担任に息子から聞いた話を全て伝え、「絶対に私から聞いたと言わないように」と、何度も何度もお願いした。
「お母さん、よく話してくれました。安心してください。必ず息子さんとSを守ります」
私は、先生の言葉にほっと胸をなでおろした。
翌日、学校から帰った息子の言葉に私は耳を疑った。
「 Sのこと、先生に話したん?」
「なんで?」
「ちーちゃんが、Sを殴った犯人のことを言ったって、騒ぎになっててん」
あろうことか、昨日担任に話したことが学校中に知れわたっていた。
「言ってない!あんたが私を信じて話してくれたのに、言うわけないやん」
私は、はじめて息子に嘘をついた。
「Sの親が、ちーちゃんに感謝してるって。ちーちゃん、英雄になってるで。俺は、信用失くしたけど」
私はただ、立ち尽くした。
奥歯を噛みしめ、息子の言葉を受け止めた。
(あれだけ言ったのに……)
「なんでこんなことになったんか、先生に聞いてみる」
私は息子の顔を見た。
苦しみを押し込んだみたいに、眉の間に皺が寄っている。
私は携帯を取り寝室へ行き、学校に電話した。
「Sを助けるためです。Sも上級生も認めないので、お母さんから聞いたと言うしかなかったんです」
担任は、台本を読んでいるかのようにすらすらと話す。
「関係無い!息子は私を信じて話してくれたんです。あの子の立場はどうなるんですか!母親に告げ口する裏切り者って言われてるんです」
「それでもSは助かったんですよ。お母さんの勇気のおかげです」
暗記したセリフのような担任の言葉に、私は何を言っても無駄だと悟った。
リビングに戻ると、息子は床に寝転んでいた。
私に気がついて、くるりと寝返り背中を向けた。
「先生、Sを助けるために私から聞いたってデタラメ言うたんやて」
私はまた、嘘をついた。
「そうなん?しゃあないな」
今度は仰向けになった。
両手を枕にして、じっと天井を見ている。
私はキッチンへ行き、冷蔵庫から缶ビールを取った。
「飲まなやってられへんやろ」
息子に渡した。
「そやな。なんでやねん!」
起き上がりながら、息子が缶を押し戻す。
私は、ふたを開けビールをあおった。
「ゴクッ、ゴクッ」と、のどを鳴らしながら一気に流し込んだ。
途中で炭酸が喉に引っかかったが、止めなかった。
「うえーっ」といううめき声とともに、ビールが私の鼻や口から流れ出た。
手で口をふきながら息子を見ると、顔が笑っている。
私を見る息子の頬は、ピンク色に染まっていた。
