「教える」ということは考えてもらい、少しでも成長してもらうこと? | SC神戸中国語スクール 京都校

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人に何かを教えると言うことは本当に難しいと思います。

噺家が師匠に弟子入りして落語を「教えて」もらうことや、空手や合気道の道場に通い「教えて」もらうこと、その他、人と会うことで色んなことを「教えて」もらうことを体験しても、今も考え続けています。

そんな私が読んだ本に次のように書かれていたことに改めて「教えて」もらったという感覚があったのでご紹介します。


 潜在意識は、強制では動かないし、答えをあげてもダメなのです。ある時子供が室内で暴れて遊んでいる。これに見かねたお母さん、「⚪︎⚪︎ちゃん、今日はお天気なのヨ!外で遊んできなさい!」などと言っても平気で知らんぷりしている。これを心理誘導しようとすると……。例えば「今日はお天気がいいわねエ、⚪︎⚪︎くんは公園の近くだったわよねエ」と言う。するととたんにターッと外に飛び出して行く。つまりお天気が良いので公園に行けばきっと気持ち良いし、楽しいだろうと空想させたのです。しかも、公園には⚪︎⚪︎くんもいるかもしれないと連想が始まる。だからいくらでも誘導の仕方がある。これが⚪︎⚪︎くんと遊んで来なさい、とか公園に行くと楽しいワヨ、なんて答えを出したらいけない。ヒントだけを与える。答えを出したら、空想が出来ない。空想が出来なければ潜在意識が動かない。潜在意識が働かなければ体は動かない、従って何も変わらない。

(『医者と薬に頼らない病気の「本当に治し方」』第2章 自然に自分が変わる潜在意識からの『意識革命』P48−49)


医者と薬に頼らない 病気の「本当の治し方」


「誘導」と言うのは何か人を操るような感じがするのですが、「潜在意識は、強制では動かないし、答えをあげてもダメなのです。」に、はっとしました。

続く「ヒントだけを与える。答えを出したら、空想が出来ない。空想が出来なければ潜在意識が動かない。潜在意識が働かなければ体は動かない、従って何も変わらない。」って本当にそうなんだって思いました。


学校の先生や、中国語の講師など「教える」ことを職業としている人は日々真剣に「教える」ことを考えているでしょう。

でも、「教える」と言うことについて、そして自分が「教えた」結果について満足されているでしょうか?


我以外皆我師也。


自分以外の人から学ぶ以外にも動物や植物、自然からも学ぶことはたくさんあります。

でも、人から「教わる」と言うのは難しいことだと感じています。


何のために「学ぶのか?」

私が思うのは、それは「自分が少しでも成長するため」。

自分がこの世に生まれ、そして去っていく。

去っていくその時に自分自身を振り返り、生まれた時より少しでも良い人間になっていると思うため、いい人生だったと思うため日々学んでいるのだと思います。


それでも、切っても切っても生えてくる爪のように「私が、私が」と言う自我意識が素直に学ぶことを邪魔するのです。


日々、ほんの少しでも成長しようと思う。

3歩進んで2歩下がるようなことがあっても、あきらめずに学び続ける。

そう思っていても、どうしても素直になれない自分がいる。


「先生」と呼ばれることもとても大きな危険があると思います。

学び続けるためには誰よりも謙虚でなくてはならない。

頭でわかっていてもどうしても素直になれない。

そこに「先生」って呼ばれると簡単に自分は偉いと思ってしまい、成長しなくなる。

それが人間というもの。


でも、心の奥底ではわかっているのだと思います。

その「心の奥底」が「潜在意識」のような気がします。


切っても切っても生えてくる爪のような自我意識。

でも、潜在意識はちゃんとわかっている。

だから潜在意識に働きかけることが大切。

それにはどうしたらいいか?

その答えを「教えて」もらった気がしました。


人は例えお願いされたとしても、人から命令されたことには反発するようです。


命令はとにかくNG。なぜなら「伝わらない」を生むから

(前略)

 事実は脳の前頭前野でとらえます。前頭前野は理性をつかさどるところなのですが、その働き方に特徴があります。

 「意見」が入ってきた場合は、その意見が自分の考えにマッチするかどうかを前頭前野は検討します。その上で、YES、NOの判断をするのです。

 一方で、「意見」ではなく「事実」が入ってきた場合はどうでしょうか。

 事実は事実です。なのでそこでの検討は起きず、受け入れようとします。

 意見というのは、その人の考えのことです。

 意見を言うと、相手は「自分の考えと違うかどうかを考えます。そして、相手が「自分の意見と違う」と思えば、行動を起こしてはくれません。

(後略)

(『結局、どうしたら伝わるのか?』第5章 脳科学が導き出した伝わるコツ 相手を知るには質問の技術が使えるP239ー240)


結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ


「こうしなさい」と命令されるのはNG。

さらに「お願いですからこうしてください」とお願いしても脳はとっさに判断して「自分の意見と違う」場合、行動を起こしてくれない。


では、どうすればいいのか?


その答えが、「ヒントだけを与え、自分で考えてもらうこと」のような気がします。


人は自分の知識を人に「教える」のが大好きです。

でも、それは「押し売り」になったり「大きなお世話」になったりする。

だから「ヒントだけを与える」。


人には「私が、私が」という自我がある。

そのちっぽけな自我が学びを邪魔する。

だから潜在意識に働きかける。

それが「教える」ということのような気がします。


この「教える」というやり方が、日本古来からある歌舞伎などの芸に息づいていると思います。


「言葉」で直接「教える」ことをせず、「ヒント」だけ示す。

そして「目に見えないもの」を「教える」のは学ぶものが自分で感じ取り学んでいく。


落語の世界でもそうなのでしょう。

師匠に弟子入りすると3年間は師匠の家で寝泊まりし、常に師匠と共に行動し、師匠から「ヒント」をもらい、「目に見えないもの」を感じ取る。

それが「教える」ということ。


そんなことを感じました。

本って素晴らしいものですね。