「わかりやすく教えていれば、教えた内容が学び手の脳に移植されて定着する」という考えは幻想であることは認知心理学の常識なのである。
第1章 認知のしくみから学習法を見直そう P3にあることばです。
著者の今井むつみ先生は認知科学の研究者。
認知科学というのは、人の知覚、記憶、思考や学習のしくみを心と脳のさまざまなレベルで理解しようとする学問。
そして、今井先生は認知科学の中でも認知心理学、特に子どもの母語の習得を長年研究されてこられた方です。
もう少し詳しく次のように表現されています。
教える側がどんなにわかりやすく教える内容を提示しても、それが学習者の期待と一致しないもので、学習者が別の情報を期待していれば、教えられた情報に気づかずに受け流してしまう可能性が高いのである。学習者がどんなに一生懸命集中して聴いたり読んだりしていても、である。
私が「教える」ということに疑問を持ち、教えるということは「(知識を)伝える」ことになっているのではないかと感じるのも、「教える」という行為が、教授法や教授テクニックなど、「教える側」本位になり、「教わる側」がどのように受け取り、感じているのかについてあまり考えていないからではないでしょうか?
「教える」って、本当に麻薬のようなものだと思います。
何しろ、相手が知らないことを「教えてやる」ことができるのですから自分が偉くようになったように感じて快感を得ます。
しかも、「先生」と呼ばれて持ち上げられる。
相当注意していないと天狗になってしまうのではないでしょうか?
認知心理学の常識。
「わかりやすく教えていれば、教えた内容が学び手の脳に移植されて定着する」という考えは幻想
学習者がどんなに一生懸命集中して聴いたり読んだりしていても、です。
では、どうやったら「教える」ことができるのか?
それは、
では、
今井むつみ先生の、
では、
つまり、「話せばわかる」のが当然だと思わずに、相手の立場に立ち、相手を理解することで初めて「教える」ことができる。そんな気がします。




