当たり前なのですが日本語と中国語は違います。
感覚的には、
日本語=名詞中心、静的。状況を説明する。
中国語=動詞中心、動的。変化を表現する。
なのですが、ほんのわずかな表現の差で微妙な意味を伝える日本語に対して、中国語は意味を伝えることが最優先で、ストレートな表現になります。
以上は頭で分かっていても、中国で、実際に中国人の口から、しかも日本語で発せられた表現は、中国人が話しているということを忘れ、カチンと来ることが多いのです。
有名な話ですが、中国人のお嫁さんが日本で日本人のしゅうと、しゅうとめと食事をしていて、しゅうとめさんがお茶碗に入ったご飯を食べ終わった。
そのとき、日本人なら、
「お義母さん、もう少しいかがでしょうか?」
とか、
「お義母さん、ご飯、いかがでしょうか?」
とか言うでしょうが、中国語の表現をそのまま日本語にすると、
「お義母さん、(ご飯)まだ要りますか?」
日本語の感覚では、「まだ要るか?」というのはもう十分食べただろうに、その上、まだ要るのか?一体何を考えているのか、少しは遠慮すべきだろう。というような意味合いも含んでしまう言葉です。
あるいは、外出しようとしていて、子供たちはとっくの昔に用意できていて、お母さんがお化粧したり外出の準備をしたりしていて長い間待たされているときに、早くして欲しいのに全く何をぐずぐずしているんだ。という避難の意味を込めて、
「まだぁ~?」
ということまで連想してしまうのが日本語の表現方法。
このように中国語と日本語の表現方法は違う。
だから中国語の表現をそのまま日本語にしてしまうと、場合によって、日本人は「なんという言い方だ!」とカチンと来るのです。
日本語って本当に情緒があり、細かな表現を好むということを今回、「ウルヴァリン」の吹き替えヴァージョンを見てつくづく思いました。
まず、日本人の俳優さんの話す日本語がぎこちない。
日本人だったらそう表現しないだろうという表現が多い。
そしてそれは何かと考えていると、それは日本語の表現としては唐突でぶっきらぼうであり得ない表現方法があるからです。
これは吹き替え版ということで口の動きにセリフを合わせる必要があるからでしょう、英語を直訳に近い形で翻訳しているからだと思います。
日本語と中国語では表現方法が違う。
中国人。特に日本語のできる中国人との接触がある方はこのことを常に頭においている必要があるでしょう、そして、もしカチンと来たら、そのことを中国人に伝えましょう。
「そういう言い方をすると日本人はこんな風に思うよ。」
そうすると中国人は、
「そうなんですか、それは知らなかったし、また、誰も教えてくれなかった。」
こういうことが多いものなのです。