キリストのメッセージ 2014.9.30 | 沈黙こそロゴスなり

沈黙こそロゴスなり

The Message from the stars that illuminate your life.

闘うのは憎んでいるからである。あなたが憎んでいるものは外にはない。あなたが憎んでいるものはあなた自身の内面にあり、外のものはそれを反映しているだけである。

あなたが憎んでいるあなた自身のそれはなにか。もし悟りを得たいと望むなら、まず最初に自分自身を知らなければならない。
思考は心の領域である。思考を超えて感じるのはハートである。思考は真理ではない。お喋りは真理ではない。信仰は真理ではない。真理はすべてこれらのものの彼方にあるのである。

まず最初に自分自身を理解しなさい。外に現れているものは、すべてあなたがたの内面からくるのである。
あなたがたには、御霊の力が与えられている。ゆえにあなたがたはこうして自分たちの世界を創造しているのである。それは御霊の力の内からの展開である。
御霊の力を無智のままに使う者ののなんと多いことか。そうして自他共に傷つけあっているのだ。
もしすべての人が、内からの展開という真理を知るならば、平和が訪れるであろう。なぜなら、平和はすでにあなたがたの内にあるからである。

五感の妄想に目を眩まされていることに気づきなさい。自分自身のなかにある生来の力によって、混乱を作り出していることに気づきなさい。
そのことに留意しなさい。内在の御霊の内なる働きにより、それらの妄想が消え去るのは遠くない。

心の清いものはあらゆるものの中に神を見る。様々な信仰、観念、心象などは心の産物にしか過ぎず、実在そのものは永遠であり、「今」の中において絶えず表現されている。

サタンとは誰か、敵対するものとは誰か、闇とはなにか、悪とはなにか。もし神の他にこのようなものが存在するならば、それは神の普遍、永遠と矛盾するではないか。これらはみな心の妄想に過ぎない。
しかし同時に苦悩は、人が神の意識に到達するために用意した智恵でもある。人間の智識は苦悩から生まれるからである。唯一無二の真実かつ実存する力が自分の中に顕現しているという自覚に達するならば、苦悩はこの自覚が展開するための手段であることがわかり、そのとき苦悩はやむ。
つまり、悪という幻想は、無智がもたらすものであると同時に、一方では神の意識に到達するためのギフトでもあるのだ。

世界はまだ善悪の智恵の木の実を食べつつある。善といい悪といい、いずれも実存ではない。実存は善でも悪でもない。実存はそれ自体で完全であり無欠である。

よく考えなさい。無限とは推し量ることのできないものである。もし何か定義できるようなものであれば、それはもはや無限とは言わず、完全無欠ではなくなってしまう。あなた方が、善だ、悪だ、光だ、闇だと言っている間は、それは思考の産物であり、幻想に過ぎない。神(実存)はその中にはいない。

あなたたちが、いろいろな物事についての自分の考え方を詳しく調べてみるならば、それらが自分にとっては外部の影響を受けたものであり、従って自分にとっては相対的なものであることがわかるだろう。あなたたちは自分の中にある、御霊の力、善でもなく悪でもなくそれ自身で完全である力によって生かされていることを知りなさい。

善悪の智恵の木の実を食べることをやめ、生命の木を掴みなさい。つまり真理を心の底から把握した時、それがあなた方の救いとなる。神我が体得されると、あなた方の心は前か悪かにわずらわされることはなくなり、あなた方自身が神の愛と叡智と力とを表現する力となるのである。