苦しみとは、自分で引き寄せたものを取り除こうと、もがくために生じるのであり、本来は必要のないものである。
悲しみはあなたがたを真理に導き、学ばせる為のものである。
人々が夜を恐れないのは、必ず朝がくることを知っているからである。これと同じように、光を悟ったものは世の闇を恐れることはない。
信じることとは、すでに知っているということである。海に行ったことのある人は、「わたしは海があると信じる」とは言わない。すでに海を知っているからである。
理解なき信頼はありえない。信頼は常に理解を伴う。理解することなく信用しようとすることを、妄信という。
愛を求めるな。愛を与えなさい。なぜならあなたはすでにそれを持っているからである。
幸せを外に求めるな、幸せはあなたの内側から起こるのだ。
分離はない。自分自身が全能なる神のみ姿を反映するものであることを悟りなさい。
ハートの中心にいる神我に向かって祈りなさい。愛は神我(I am)より湧き出、あなたを通して流れていく。
愛は恐怖を退け、不義に抵抗しない。どんなできごとにも愛を持って返すなら、あなたの心は平安となる。その時はじめて、全能なる神は働いてすべてを克服してくださるのである。
不義に怒れば心はかき乱され、羨み、嫉み、怒りに満たされれば愛は消える。愛はこのようなものをすべて消し去る、唯一の力である。
わたしはかつて預言者を通じ、次のように語った。
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
不作法をしない。自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない」と。
なぜなら真我にとって、あらゆる艱難辛苦は、すべて幻想であることを知っているからである。誰もあなたを傷つけることは出来ない。あなたは肉体をまとった神なのだから。
日々、瞑想を通してあなたのハートの中心にある愛に触れなさい。ハートの中心にいます神我の声を聞きなさい。つとめて愛を行いなさい。
そうすることで、あなた自身が磨かれ、ますます悟りへと近づいていくだろう。
平安があなたたちと共にありますように。
