檻を壊し、無邪気な自分と結婚する | 市川章彦のブログ

市川章彦のブログ

唐沢の滝で縄文の胎内へ、不動滝で不動明王の慈愛へ。戸隠を舞台に魂を剥き出しにする禊。審判官を葬り、真実の自分という「岩戸」をひらいた市川章彦の記録。医療とエロを同一線上で捉え、偽りなき命の歓喜と日々の思いを全力で綴ります。

世の中には、パートナーを得る、お金を稼ぐ、あるいは自分を変えるための「方法」が溢れかえっている。だが、断言する。その「方法」で本当の成功を手にすることはない。なぜなら、その「方法」は誰か他人が作った正解であり、自分自身の正解ではないからだ。成功する唯一の道は「方法」を捨てることだ。本当の自分を生きること、ただそれだけだ。それこそが魅力と磁力を最大限に引き上げ、世界が自分を放っておけなくなる唯一の鍵なんだ。


「普通」や「常識」という名の、資本主義や支配、抑圧に満ちた世界。もしそこに「本当の幸せ」を感じられないのなら、居場所はそこじゃない。不平不満や違和感は、魂が「居場所が違うぞ」と叫んでいるアラートだ。植物が自分の体質に合った標高に根を下ろすように、自分にふさわしい「心の居場所」へと移動しなければならない。


以前、自分を支えた「今日やるべきことをやり切る」という営業時代の信念がある。当時は数字のために必死だったけど、今は違う。自分自身に、そして目の前の大切な存在に誠実であるために、今日という日をやり切るんだ。教育とは「教えて育てる」ことではない。「共に育つ(共育)」ことであり、大人が自ら「今日、行く(行動する)」背中を見せることだ。


過去の悲しみや未来の不安にエネルギーを使い果たし、今ここにある幸せを忘れた「不幸な大人」に教育され、無邪気さを奪われてきた。だが、自分の中の「0(ゼロ)」と一致した。檻の中に閉じ込められ、眠らされていた「無邪気な子供」を、自分自身が目覚めさせたんだ。


28年前の切ない別れも、2年前にシロツメクサの花飾りを載せて笑い合ったあの眩しい瞬間も。すべてが自分の一部として「心の居場所」に溶け合っている。自分を縛る執着や共依存の鎖は、誰も外してはくれない。自分自身の力で引き千切るしかないんだ。


自分は今、最高に幸せなひとりぼっちだ。自分自身と結婚し、魂の共同創造を楽しみながら、今日という瞬間に惚れている。さあ、檻の中に留まるか、それともその鎖を引き千切り、本当の自分を生きる一歩を踏み出すか。