※2021年3月の記事に加筆しました!
台湾一人旅 22年の変遷史
2004年から始まった台湾一人旅(22年間で62回行った)。
飛行機 ➡️ FSC→ LCC → FSC(←今ココ)
ホテル ➡️ 極安ドミトリ → 安めの定宿、時々ゲストハウス → 安めの定宿、時々お高めホテル(安い宿が取れなくて仕方なく。今ココ)
データ ➡️ フリーWi-Fi → レンタルモバイルWi-Fi → 台湾の空港でSIMカード購入 → e-sim → 楽天モバイル最強プラン(←今ココ)
空港台北市内間移動 ➡️ 国光の空港バス→ 桃園空港線MRT利用、時々国光空港バス(←今ココ)
という歴史を経て現在に至っていますが、まあ、色々紆余曲折してきてはいます。デジ活史は⬇️で書いたので、今回は飛行機&宿の変遷史。
最初の台湾一人旅
2004年の最初の台湾ひとり旅は、基本的に人様におんぶに抱っこだった。これはもう偉そうに「ひとり旅」とは言えないレベル。
飛行機とホテルは航空会社に勤める友人にとってもらい、桃園国際空港に着いてから直接長距離バスに乗って台中に行き、親友Bちゃんを訪ねた。それも台中のバスターミナルからBちゃんに電話して車で迎えに来て貰った。
台中のBちゃん宅に2泊して台北へ。これもBちゃんと一緒に長距離バスで行った。でもってホテルが若干辺鄙なところにあったので、台北で一緒に夕飯を食べたBちゃんの後輩&その彼氏にホテルまで送ってもらった(Bちゃんは自分の友達の家に泊まった)。
飛行機編
2回目以降 初めはFSC
2回目から華航(チャイナエアライン)の飛行機を自分でネットでとるようになった。最初の頃は探せば結構安い便が取れてたのだが、だんだん安い便がなくなってきた。安くても日本を夜に出発の便、とかしかなくなってきて財政的に苦しくなった。
しばらく続くLCC
このまま行くとヤバい、と思い始めた頃にLCCのバニラ・エアが飛ぶようになって平均年3回の台湾行きペースを何とかキープできた。コロナまでの数年間はほぼピーチで飛んだ。LCCは苦労もあるけど、やはり値段の安さが本当に助かった。
現在FSC回帰中
コロナ後数回はLCC(タイガーエア)を利用したけど、必ずやる荷物の重量アップと席の指定により、これはもしやFSCと値段もそう変わらないのでは?と気づく。インタウンチェックインができる魅力も捨てがたく、現在FSC回帰中。
今後の飛行機
今、本当に飛行機が高く、さすがに貧乏人にはつらい。今LCCもそれほど安くはなく、しばらくFSCが続きそう。破産しなくてすむように、どうかどうか、飛行機代、安くなりますように!
ホテル編
2回目以降 ドミトリー時代
ホテルも2回目からは自分で取るようになった。最初は1泊2千円くらいのゲスハウス、ドミトリー。ただ、ドミトリーだとやっぱりよく眠れず(深夜に帰って来る人や早朝に出る人など部屋の出入りが頻繁で💧)、帰国後1週間位カラダが使いもんにならなかったりしたので、ドミトリーは数年で卒業した。
ドミトリー卒業のきっかけ
ドミトリーゲストハウス卒業のきっかけはあれだね、2007年、台北駅前で夜通し続くデモ隊のシュプレヒコール(阿扁下台)。本当にうるさくてうるさくて全く眠れなかった。疲れとイライラが限界を超えて、その、台北駅の真ん前にあったお気に入りのゲストハウスからの卒業を決意したんだった。
安宿+ドミトリー時代
でも貧乏だったから1週間から10日の滞在中、まるまる普通にホテルに泊まるのは無理だった。最後の2日だけを普通のホテルに泊まったりしてた。
その後すこーしだけ金銭的余裕が出てきたので、ドミトリーに泊まることは少なくなった。でも、宿泊日数が多い時は時々入れこんだりもしていた。
定宿ときどき別ホテル時代
台北駅前の安めのビジネス系ホテルが定宿となってからはそこばっかりになったが、人気ゆえになかなか予約取れなくなった。仕方なくBookingドットコムで安いホテルを探してあちこち泊まった。でもやっぱり20年以上泊まり続けている定宿が今もベスト。代わりの定宿はまだ見つからない。
最近のホテルと旅事情
そして最近は安いホテルも取れないこと多し。仕方なく、ちょっとお高めのホテルに仕方なく泊まることも。昔は夏と春は10日間くらい行っていたが、ホテル代の高さにより、そんなに長く行けなくなってきた。だから、台湾で何もせずにぼーっとまったりする日☕️が最近無くなってきた。予定を詰め込み、ずっとアワアワせかせか。つらい。
今後どうなる?台湾一人旅
台北はホテルも高い、物価も高い、そして笑顔と温もりも以前より確実に少なくなった気がする。でも南部はまだ比較的ホテルも安く笑顔も多い。台湾語もたくさん聞ける。今後は高雄等の南部に旅の拠点を移すのか。田舎者だから、都会が好きで、台北もほんとに大好きだったけれど。悩みます。
