台湾語がちょびっと話せるよーーたまり、台湾語学習史 | 台湾華語と台湾語、 ときどき台湾ひとり旅

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台湾華語は研究中(専門)、台湾語は独学中、台湾へはいつも一人旅!の、たまりが、台湾華語と台湾語、台湾旅行と台湾映画と台湾ドラマ、台湾文学について語り尽くします。詳しい自己紹介はテーマ「ごあいさつ」の中に。台湾語と台湾華語の違いについての説明もあります。

2004年から台湾に通い始め、深く台湾を知ろうと思ったら台湾語は必須。ということを痛感し、台湾語の勉強をしたいと思う。

 

が、日本で勉強する方法がよくわからない。知り合いの台湾人数人に「台湾語教えて」と頼んだが「台湾語はしゃべれるけど教えられない」と断られ心ポッキリ折れる。

独学しかないとあきらめ、樋口靖先生の『台湾語会話』(第二版)東方書店。別売りの高いCDも買ってやる気マンマン。教会ローマ字を一つずつ練習し、発音編10課まで何とか終えて燃え尽きる。

声調がイヤ。

そしてしばらくお休み後、いつしかまたやる気になり『やさしい台湾語カタコト会話帳』(趙怡華/すばる舎)を購入。別売りのDVDも買ってやる気マンマン。一日1フレーズずつ覚える!と決意するも、「4文字以上は覚えられなーい」とまたまた放棄する。

声調がイヤ。

再度しばらくお休みしたが、台湾を知れば知るほど台湾語の重要性を思い知らされ今度こそ本気でやるぞ!と心に誓う。村上嘉英先生の『ニューエクスプレス台湾語』を購入。テキスト本文に、一つ一つ変調後の声調を記入し読む練習をしCDを聞き文法をまとめ、練習問題を解き、ようやくホントの本気モードになる。

ここで学弟の台湾朋友Aさん登場。やっとやっと念願の週1台湾語レッスンが始まった。(これが多分2010年くらい?)

最初は上記『ニューエクスプレス台湾語』の本文を私が音読し、先生に発音を直してもらうとこから始めた。そうこうするうち先生が教えるコツをつかんでいろんな言葉を教えてくれるようになり、私のボキャボラリーも増え、知っている単語を使っての会話練習などがなんとかできるようになってくる。

 

Aさんも台湾語は普通にしゃべれるけれど学校教育で学んだ経験はなく、台湾語の漢字やピンインや文法や声調のことなど「考えたこともない」というごく一般的な台湾語スピーカー。なので基本は独学、そこで勉強したフレーズや単語や使い方を先生に確認する、発音や会話の練習をする、というのがメインのレッスンだったが、いやあこのレッスンは本当に楽しかった。本当にいい先生だった。

 

ほめて育てるタイプの先生で、私の台湾語学習を励まし応援し続けてくれた。この数年間(3年くらい?)のレッスンが私の台湾好き、台湾愛、台湾語愛を飛躍的に高めたと言っても過言ではない(若干思い出が美化傾向、笑)。

 

先生は学校を卒業し台湾に帰っていったが台湾語の神様は私をお見捨てにはならなかった。というか、先生が私をお見捨てにはならなかった。先生の友達だった台湾語鬼コーチ(でも超優しくてイケメンよ)を私に紹介してくれたのだ。

 

このコーチがまた本当に素敵な台湾男子で、台湾語学習のモチベーションも急上昇。最初の先生のように何でも誉めてくれどんな発音でも「うまい!」「上手!」「さすが!」「かわいい!」と言ってくれるわけではないが、とにかく熱血、熱心、親切。今ではもうこのコーチのためだけに台湾語勉強し続けているといっても過言ではない(それじゃいかんだろ)。

 

台湾語を始めた当初はそれほど目標も高くなく、台湾語を聞いてどんなことを話しているのかだいたーい、すこーしわかるようになればいいと思っていた。が、だんだんやっぱりしゃべれるようになりたいと欲が出て熱も入った。今「しゃべれるようになった」とはとても言えないが、長年がんばったおかげで台湾語、だいたーい、すこーし、ちょびりーっとは聞き取れるようになっている。

 

特に台湾語偶像劇『若是一個人』のように、普段は台湾語を話さない若い役者さんが台湾語のセリフ練習して挑みました、みたいなやつだと話すスピードもゆっくり目だし、けっこういい感じに聞き取れた。


以前は台湾語ドラマというとドロドロした内容のメロドラマばっかりというイメージだったが今はフツーに楽しめるフツーのいいドラマがたくさん。というか、「これは!」という秀作ドラマは逆に台湾語炸裂のものの方が多めなくらいである。


というわけで聞くだけなら日々台湾語に接している今日この頃、3歩進んで2歩、時には3歩も4歩も下がりながらも


未だ台湾語愛は冷めず。という感じでしょうか。続く…