イースターホリデーという、いわば春休みを終え学校に戻った子供たち。
娘が月曜日に帰宅し、「そうや…○○君、転校してんて…」と言った。
○○君とは、娘が中学に入った日から同じクラスの男の子である。
「英語がヘン」と言う理由と「ウザイ」という理由で誰も彼と歩かず、常に一人だった。

友達がほしくておどけたり、ふざけたりする男の子だった。
それが生徒らの癇に触り、数学の時間は四年間一人で座っていた。
私は娘に話した事がある。
○○君を知っていく上で、彼が小5でエジプトからイギリスに来たこと、それから英語で学校生活を過ごす大変さ、授業だって英語で難しかっただろうに、中学高校は数学と英語はトップクラスに在籍。
しかも小5でイギリスに来て2年、そんなにペラペラと英語で話せるはずもなく、私は娘に言った。
「私を見てみ。20年住んでこの英語…未だ英語はそびえ立つ壁であり、一生私には越えられない向こう側の景色がある。一度で良いから見てみたいなと思いながら、この人生では無理なものもある。私は嫌なら避けれる大人という立場にあるけど、○○君は学校という、言葉の壁がある者には最も孤独を叩きつけられる場所に行かねばならない、しかも毎日。発音がおかしい、英語が間違っていると言われたら、萎縮して話せなくなってしまう。だけど笑われても、からかわれても、理解してもらえずとも勇気を出して話続けなければいけない。英語圏で生まれし者はどこに行っても英語が通じると思っているだろうけど、あんたなら分かるやろ。日本で私の親族に会った時、どれほど言葉の違いが辛いかという事を…」と言った事がある。

4年前にも、3年前にも、一年前にも言った。
言い続けた。
「せめてアンタだけは、おはよう、バイバイ、ハーイだけは言うてあげなさい」と。
娘はそれから、数学のクラスは彼の後ろの席に友達と座り、グループで何かする時は、彼を入れて3人でやっていた。
去年、やっと娘が痛みを理解したなと私は感じた。
14歳にして、ようやくだった。
「友達が欲しくて、あんなチョけた態度になるんやな。でも話すと良い子」と言った娘。

あれから一年の先週、男の子と両親はカーライルから西の海側に越して行った。
理由は誰もわからない。
両親の仕事かもしれない。
誰にも告げることなく転校した男の子。
一人として、彼が越した事を知らなかったのは、一人として彼の友達にならなかったからである。

西側の海側はカーライルより更に更に白人率が高く、地元民と地元意識が強い。
学校に馴染めたら良いけどな…と、そんな言葉を漏らした私に、娘は「そうやな…馴染めたら良いな…」とうつむき言った。
後悔は学びなり。

今日はローストビーフ。


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