小学校教員をしている旦那であるが、今日は出勤しなければならなくなった。
先週、市から連絡があったからである。

4歳になる男の子が、旦那の受け持つ「特別学級」に来ていた。
「レセプション」と呼ばれる、小学校1年生になる前の準備クラスみたいなものであるが、彼がこの学校に通い始めたのは3歳半になったばかりの頃であった。

3歳半であったが、言葉は全く話せず、飲み物は全て哺乳瓶から飲んでいた。
家庭内では離乳食を今だに食べていたため、学校が出すおやつや果物は、食べれなかった。

何故こうなったかと言うと、母親が1人で育てている環境であるが、家庭内では1度も同じ部屋で過ごした事がなかった。
出産し退院してからは、一定の時間にミルクを与え、オムツを替える以外、子供は完全に別室に置かれていたのである。

薬物中毒の母親は、政府から全ての面倒を見てもらっている。
粉ミルク、オムツ、離乳食は政府から配布されるクーポンをお店に持って行き、商品と交換できるシステムになっている。(現金を渡すと、薬物に使ってしまうため)

こうして3歳半になるまでTVも見せず、話しかける事も出掛ける事もなく、ミルクと瓶詰めの離乳食を与え続け、言葉を聞いたり、話す機会を与えられずに育ってしまった。

この男の子は4歳であるが、身体は2歳半から3歳児の大きさしかない。
肌の色は牛乳のように白い。

学校に来るようになってからは、固形物は上手に食べれるようになった。
コップで水も飲めるようになった。
しかしながら、言葉は「アーアー」や「ウーウー」をつなげる程度である。

このため、学習障害と言語障害があると判断され、旦那の持つ「特別学級」に入ってきた。
しかし、担任である旦那は「この子は、何の障害もないように見える」と言い続けてきた。
「ただ、家庭環境が特殊なために、言葉が遅れているだけだ」と主張。

この訴えが通り、数ヶ月前から専門家による診断が開始された。
結果は、問題なしであった。

問題は家庭環境にあると判断され、政府による家庭訪問と調査が開始。
結果、この母親は、この子を保持する資格はないとされた。
養子縁組が決定次第、母親から引き離す決定が下された。

養子縁組はすぐに決まった。
ここから1時間離れた、海に近い田舎に住む夫婦が、引き取る事になったそうである。

そのため、担任である旦那は、彼の学校生活の様子や性格、必要な学習課題を伝えるため、この男の子の新しい家族となる夫婦とソーシャルワーカーに会うため、学校に出掛けたのである。

4歳なら、母親を覚えているから、恋しがる日々が何日続くか知れない。
しかし、もう孤独に部屋に閉じ込められる日々はなくなる。
どうか幸せになって欲しいと、願うだけである。

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