子供を産んでから、抱き上げる事も多くなり、右手の親指の付け根が「バネ指」になってしまった。
腱が間接で引っかかってしまうため、上手く指が動かないのと、使うときに「カクン、カクン」と音がするような感じがある。
朝起きると痛みは酷く、指はしばらく動かない。

かかりつけの医師に見てもらいに行ったが、「指を使わないようにしましょう」医者とだけ言われた。
しゃーない・・・自分でネットで調べ、寝るときにテーピングを巻いて寝たら、朝は少しマシになると書いてあった。
早速、テーピング購入である。

私はテーピングを巻くのは上手い。
中学からやっていたバスケットボールで、大阪の選抜チームに所属していた時期もあり、手の怪我が耐えなかったからである。バスケ

その中でも、中学3年の時のこと。
夏の大会の真っ最中で、その日も朝から試合があった。

相手チームは相手にならんほど弱く、前半で42対5という点数の差があった。
しかし、このチームは監督の質が悪く、審判に見えない所でお腹を殴ってきたり、肘で頬を殴ってから走り去ったり、それはそれは酷かった。

自分のチームの監督に訴えたが、「そんなもん、気にするような奴は試合に出るな」と言い相手にしてくれず、結局、うちのチーム全員が、何らかの被害を受けていた。
「これだけ点差があるのだから、私達を休ませて、二軍を出してくれ」とも頼んだが、相手にしてもらえず。

そうこうして、前半の試合が後2分で終了という時に、私と相手チームの女2人がボールの取り合いになってしまい、床に這いつくばってと取り合いになってしまった。
私は指先だけでボールを捕まえ、必死にしがみついていたが、相手の女が私の小指の上から全体重をかけて、膝で指先めがけて座り込んだ。

審判の笛の音で、相手に反則が取られたが、私の右手小指は手のひらに付くほど、真下に折れ曲がった。
監督は「あと2分やれ!!そしたら病院行かしたる」と言った。
オッサン、鬼かー!!と思ったが、監督には絶対逆らえない。

今なら、大問題になるであろう・・。
しかし私が子供の頃は、体育会系の部活の監督から「アホかー!!」と言って殴り蹴られるのは、ごくごく普通の事であった。

試合に負けてもアホかー!と言われ、追いかけたボールが取れなかったら、お前はオカマかー!!と言われたものである。

結局、前半の試合を2分耐え抜き、試合会場から最も近い、救急病院に1人で歩いて行った。
1人で行って来い!ボケ!と監督に言われたからである。

汗だくのユニフォームのまま、指の痛みと腫れを我慢しつつ、警備のオッサン手書きの地図を見ながら、病院にたどり着いた。
しかし、この日は日曜日である。

まあまあデカイこの病院の、救急外来の入り口に行くと、かなりの数のパトカーが止まっていた。パトカー物々しいその雰囲気の中、警察官と白い特攻服を着た、いかにも暴走族暴走族の男達が、何人も立っていて、物凄く場違いな服を着た私がその中を通って行くと、1人の警官が「どうしたん?」と聞いてきた。

私は「試合中に怪我したので、救急で診てもらいに来ました」と言った。
警官は、「あかん、あかん!!今、あかんで!!」と言う。
何でやねん!!!小指折れとんねんー!!

私は自分の折れ曲がった小指を見せた。
警官は「うわ!!そうか・・・しゃーないな・・・一緒に中に入ろうか・・・今、ちょっと立て込んでんのよ、この病院」と言った。

意味が分からんまま、一緒に中に入り、警官が受付を済ませてくれた。
受付の人が「2時間くらい待ってもらうけど」と言った。
無理!むり!ムリやー!!

かなり大きな受付の待合は、警察官と特攻服の男達でごった返していたのである。
流血している男も多数いた。
私は、場違いなユニフォーム姿で、1人分だけ座れそうな空間のソファで待った。
めっちゃ嫌や・・この空間・・・嫌がっている顔

ひたすらうつむいて待っていたら、横に座っていた特攻服から「おい、6番」と呼ばれた。
私のユニフォームの番号である。

そいつは、顔半分が真っ赤に腫れあがり、それを氷で冷やしていた。
見たことない金髪のその特攻服は、私に「何で自分、6番なん?」と聞いてきた。

私は「監督がそう決めたからです」と答えた。
特攻服は「何で5番やったら、アカンの?」と聞いてきた。
私は「5番は、森さんの番号やから」と答えた。

特攻服は爆笑し、「森さんに5番取られたんか・・・可愛そうやな」と同情してきた。
数分して、特攻服が「自分、何でここにいてんの?」と聞いてきた。

私は小指を見せ「試合中、こんな指になってもうたんです」と言った。
特攻服は「うわ!!どういう事になってんの?その指?」と言い、まじまじと私の折れ曲がった指を見て「俺、待合番号13番やから、変わったるわ」と言ってくれた。

私は「いえ、いいです。お兄さんの顔も、かなり血が出てますよ」と遠慮したが、特攻服は「ええよ、早く診てもらった方がエエわ、そんな指になってる人、見たことないから」と言い、順番を譲ってくれたのであった。

翌日の新聞で知ることになるのだが、この日の明け方、暴走族同士の喧嘩があり、それで警察と特攻服の男達が病院にいたのであった。

程なくして私は呼ばれ、脱臼である事が判明。
しかしながら、担当の先生は「僕では出来ないから、ちょっと待ってて」と言い、それから3人の先生が入れ替わり立ち代りしながら、やっと元の位置に指を戻してくれた。

以来、私は右手の甲が軽く何かに当たっただけでも、すぐに小指が脱臼するようになってしまったのである。
駅の改札で、うっかり小指を当ててしまっただけでも、関節が外れてしまう。
もう何度も何度もなるから、今では自分で間接を押さえ、指をはめ込めるようになった。

中学以来、常に小指に警戒しながら生きてきたが、今度は親指も警戒しなくてはいけない。
私がちゃんと使えるのは、中3本の指しかないのである。
しかしながら、今日も食べたい「うどん」を、必死にこねるのである。

あの時、ビビッてお礼がちゃんと言えなかったが、特攻服の人・・嫌な目で見てスイマセン!!今でも感謝しています!!

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