第1 話 オリンピックの余韻、コルティーナ・ダンペッツォ
北イタリアでの冬季オリンピックが終わり、そろそろイタリアに行きたいな、と思っている方も多いのではないでしょうか。
夏のイメージがあるイタリアですが、私のおすすめは夏前、そして秋。
とくに春の北イタリアは、一年で最も美しい季節と言っても過言ではありません。
冬の名残を感じさせる澄んだ空気の中に、確かな春の光が差し込み、街も山も湖も、すべてがやわらかく輝き始めます。
観光客のピーク前ということもあり、ゆったりと本来の北イタリアを味わえるのも、この季節ならではの贅沢です。
オリンピック会場となったドロミーティの名峰に抱かれた山岳リゾート、コルティーナ・ダンペッツォ。
もともとヨーロッパでは名高い高級リゾートでしたが、今回の大会であらためて世界の脚光を浴びました。
白銀に染まった山々の記憶はまだ新しく、凛としたその景色は圧倒的な存在感を放っています。
春になると雪解け水がきらめき、山肌には若草が芽吹く。澄み切った青空とのコントラストは息をのむほど美しく、南イタリアとはまるで別の国のような表情を見せてくれます。
20年以上前の夏、私は一度この街を訪れました。その時の記憶は、今でも鮮明です。
まず驚いたのは、途中で見た川の水の色。
まるで牛乳を流したような白さに「あれは何?!」と思わず車を止めて川の辺りに立って凝視したほどでした。
石灰質の土壌が流れ込むためでしょうか。雪のない季節でも山肌は白く、その土が水に溶け込んで独特の色をつくり出しているのです。
そしてもうひとつ印象的だったのは、山の中とは思えないほど洗練された通り。高級ブティックが並び、優雅に散策する人々の姿がありました。
テラスでエスプレッソを楽しみながら、ゆったりと談笑する時間。
そこにはヨーロッパの山岳リゾートならではの余裕と品格が漂っていました。
当時の私にはショッピングを楽しむ余裕などなく、ウィンドウ越しに眺めるだけでした。それでも、このとき初めてロロピアーナというブランドを知ったことは、今も小さな思い出です。
そして忘れられないのが、山の食事。
北イタリアの山岳地帯に来たのだと実感させてくれる一皿があります。
それがポレンタです。
とうもろこしの粉をじっくり煮込み、なめらかに仕上げた素朴な料理です。南で主役になるパスタとは違い、この地方ではポレンタが日常の中心にあります。
大きな鍋に盛られ、その上に煮込み料理が添えられるのが定番。
私がいただいたのは、猪肉のラグーを合わせたものでした。
赤ワインとハーブでゆっくり煮込まれた野生の猪の力強い味わいを、黄金色のポレンタがやさしく包み込みます。
口に含んだ瞬間に広がったのは、思いのほかまろやかなコク、おそらくオリーブオイルではなく、バターで仕上げられていたのでしょう。
南の料理とは明らかに異なる、北の豊かさを感じる味わいでした。
イタリアはひとつの国でありながら、食文化は驚くほど多彩です。
その違いを知った山の小さなレストラン。
湯気の立つポレンタを前に、窓の外にはドロミーティ渓谷の雄大な山々。
あの時間こそが、この土地ならではの贅沢だったのかもしれません。
コルティーナを後にし、山を下っていくと景色は少しずつ和らいでいきます。
次に向かうのは、丘陵地帯に広がるプロセッコの聖地、ヴァルドッビアーデネ。
凛とした山の空気から、黄金色に輝く泡のワインの里へ。
食の旅は続きます。
(2話へつづく)
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