自分にとって、最もおこってほしくないこと・・・
とぶつかった時に人は、
孤独の中で自己と徹底的に向き合う時間を余儀なくされる。
私にとって耐えがたい出来事は
“培ってきた能力を活かして仕事ができなくなること”
“身体で自己表現できなくなること”
だった。
体調をこわして、大好きだった仕事や資格を手放し
人との関わりを絶って・・・孤独の中で私がしたことは、
ごはんを食べ、
ゴミをだし、
そうじをして、
ネコといて、
あとは、心の深みに耳を傾けるための瞑想と、
異常なほどよく眠ること、だった。
能力を評価される日常や、目に見えるもの、耳に聞こえるものだけに頼って生きることをやめた私は、昏々とよく眠る。
あるロシア人の女性は、かつて47年間一睡もできない状態で生きていたという。
人間は、寝ている間に深い意識を超えた世界に入る。
その世界で人は現実やエゴの世界から離れて、本質の世界に入っていく。
この“眠りをうばわれた女性”はこう言っていた。
“眠りの本当の意味は、
魂の栄養を眠っている間に、無数の人々とわかちあい、
エネルギーをもらい、こころと体の疲れを癒すことです。
そうした愛のつながりを断ち切られた状態が
47年間つずき、真の孤独を体験したわたしは
今再び眠りをとりもどすことによって
愛というものがどんなにすばらしいものか、理解することができました。
それは、行為ではなくて、
生きているというだけで無償に与えられるものです。
互いに結ばれた人間同士が伝える愛の大きさ、
限りのなさを、私は深く理解したのです”
わたしは
(こうすれば、皆から愛される。価値を認めてもらえる)
という条件を手放すことで、孤独だとおもっていたが
実はずっと瞑想し、よく眠ることで
無償の愛を与えられ、わかちあい、そして
自分の中に育んでいたことが分かった。
それは
(何がなくとも、私は愛される価値がある)
という存在そのものの自分を受け入れる本物の自信
=being(無条件の実相世界)。
行為や条件つけのない、無償の愛の世界。
ただ、生きているというだけで与えられる絶対的な愛。
わたしはこんな愛をずっと喉から手がでるほど、求めていたのだった。
ここからが、私のスタート地点。
ゼロにもどってこのスタート地点から生きる覚悟をきめた私の未来は・・・
きっと。今まで以上に煌めいていく。



