先日、ダンナとケンカになったとき

ダンナの口から飛び出した言葉

 

「オマエなんて価値がない!」

 

この言葉に

とてもショックを受け

とても傷つきました。

 

悲しみと怒りがわきました。

 

 

 

しばらく後、落ち着いてから

 

その言葉を

「私が、言わせている」

のだとしたら

 

なぜ私はダンナを使って

わざわざこの言葉を

言わせる必要があったのだろう?

 

と考えました。

 

 

そうか、いま私は

私を癒そうとしているんだ、と思いました。

 

 

「私には価値がない」

という重たい思いが、

いままた少し、浄化されようとしている。

 

 

 

 

育ってくるあいだに
環境を通して、

または肉体として受け継いだ

DNAを通して、

 

深くこびりついた

悲しい思い。

 

 

それは、はじめは

浅いところから

 

少しずつ、少しずつ

深く重たいところ、

と段階を踏んで

 

こちらに準備ができたぶんだけ

こちらの器が整ったぶんだけ、

 

浮かび上がってきては

体の外へ出ていく。

 

 

そうやって段階を踏んで

浄化されていく。

 

受け止められないほどのものは

受け止められないから。

 

 

だから時々こういうことが起こるのは

私がより癒されていくために必要なこと。

 

 

 

 

最近、ダンナは大活躍で

すごい勢いで私をあちこちへ

連れて行ってくれる。

 

それを周囲の女性に

「ダンナさんすごいね」

と言われるのはよかったんだけど

 

 

男性たちの、

「自分にはとても出来ないな」

「ダンナさんよくやるな・・・」

という、

ダンナへの尊敬とも同情ともとれるような

(私が勝手にそう感じた)言葉をきくと

 

 

あれ、私は

ダンナに無理難題をおしつけるひどい妻、

と思われているのかな・・・

と感じてモヤモヤっとしてくる。

 

 

同じような言葉を

複数人から言われたことで

 

「そこまで尽くしてもらう価値が

オマエにあるのか?

そこまでしてもらうだけの価値が

オマエにあるのか?」

 

と言われているようで

誰かに責められているような気持ちになり

 

私はなにか悪いことをしている、

という苦しい気持ちが

ムクムクと大きくなっていき

 

「私には本当は、価値がないのに」

という悲しい思いがふくらんでいった。

 

 

 

その悲しさと苦しさが

ダンナへのイライラとなり

 

だんだんと私の言葉は

トゲトゲと毒を含むようになって

 

なにかとケンカごしになって

 

ついにダンナに

「オマエなんて価値がない!」

と言わせた。

 

 

 

そう言わせて、深く傷ついて、

 

「私には価値がない」

という悲しみをしっかりと

かみしめることができたとき

 

深いところからドロリと出てきた

暗く重たい気持ちを

 

自分のものとして受け止められた。


 

 

 

私の中に痛みが無ければ

 

「自分にはとても出来ないな」

「ダンナさんよくやるね」

という言葉は

 

他の男性たちがそこまで言うことを

私のためならしたいだなんて、

よほど私のことを大切に思っているんだわ。

 

と、ただ嬉しく、幸せな言葉として

響いたと思うけれど

 

 

痛みを抱えた私には

別の意味に響いて

 

 

「本来なら、私には

そこまでしてもらうような

価値はないのに・・・」

という

 

薄っすらとわきあがるたび

打ち消したくなる思いを

 

打ち消しきれないものとして

浮かびあがらせて

 

 

私に大切な癒しを起こさせた。

 

 

 

 

「癒し」というのは

 

肩が凝ったからマッサージ、

という具合に

 

「つらいから今すぐ気持ちよくして、

ラクにしてよ」

 

というようなものではなく

 

 

もうこれ以上傷つきたくないから

フタをした、その「かさぶた」を

 

わざわざ開いて、

中に溜まっていたつらい思いを

わざわざ見る、ことで起きていく。

 

 

だから、

癒される側に

準備が出来ているぶんだけ、

起きるようになっている。

 

少しずつ、段階を踏んで。

 

苦痛を与えることが目的ではないから。

 

 

だから私の器が

またさらに大きくなった時には

 

またこういうことが起きてきて

また癒されていくのだろうと思う。

 

私に癒しが必要なくなるまで。

 

 

 

準備ができたら

必要なことが起こるようになっているのは

 

私が人生から愛されているから。

 

 

 

私にとって

「自分を信じる」とは

 

自分の人生を信じること。

 

 

私の人生は、

決して私を悪いようにはしない

私のためになることしか起こさない

 

と信じる。

 

自分の人生の流れを信頼する。

 

 

時々はそれが信じられなくなっても

 

またそこへ戻ってくる。

 

 

それが私にとっての自信。

 

 

 

 

 

 


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