昔の私は、いつも足が冷たくて。
お布団に入っても、なかなか眠れず
靴下を履いて寝るのが習慣でした。
そんなある日、本で読んだんです。
「寝る時は靴下を履かない方がいい」って。
理由は、
眠りにつく時は深部体温を下げるために
手足から放熱するから。
赤ちゃんや子供って
眠たくなる時
ホカホカ暖かくなるじゃないですか。
深部の体温を下げるために
放熱する。
だから靴下を履く事で
放熱を妨げてしまい
睡眠の質が下がるということ。
その記事を読んだとき、
理論的にもすごく納得したんです。
その夜、さっそく靴下を脱いで眠ってみました。
……でも、
ぜんぜん眠れない。
何度も寝返りを打ちながら思いました。
「足が冷たい
」
カラダのセオリーを信じて
数日、靴下なしで眠ってみましたが
なかなか寝付けず
結果的に睡眠の質は下がりました。
その時思ったのは
セオリーは確かに大切。
でも、そのセオリーが
「今の私のカラダ」に合うとは限らない。
むしろ、
“今の私”を無視して、
セオリーや正しさを優先してしまうことほど、
カラダにとって
不自然なことはないのかもしれません。
一般的に正しいと言われることよりも、
「いまの私がどう感じるか?」
その感覚を信じられるようになると、
少しずつ、生き方まで変わっていく気がします。
だって、カラダは正直だから。
頭で考えるより早く、
「今、無理してるよ」
「ここに力が入ってるよ」
って、
ちゃんとサインを出してくれている。
ちなみに
今の私は靴下なしの方が
眠りやすくなりました。
なぜなら
お布団に入ってしばらくすると
足がホカホカしてきて
心地よく眠りにつけるから。
睡眠時の放熱システムが
上手く働くようになり
セオリーが通用するカラダになったんですね。
冷えや疲れ、呼吸の浅さ、姿勢のくずれ。
それは全部、
カラダからの小さなメッセージ。
無視しているうちは気づかないけれど、
耳を澄ませてあげると、ちゃんと教えてくれる。
その“カラダの声を聴く”ことは
「姿勢」とも深くつながっていいます。
どんな姿勢で立ち、どんな呼吸でいるのか。
姿勢って、ただの形じゃなく、
“いまの自分のあり方”を映す
鏡みたいなもの。
姿勢によって
感じ方も、思考も、選ぶ言葉も違ってくる。
だからこそ、
年の終わりに少し立ち止まって、
“思考”ではなく、
“カラダ”で自分を振り返る時間を持ってみて欲しいのです。
過去を責めるためでも、
未来を計画するためでもなく、
ただ、今の自分の姿勢を感じるために。
それがきっと、
“心地よさ”を生きる第一歩になるはずですから^^


