こんばんわ![]()
昨日、みまさか朗読の会の定例会がありました。
この1年、読み聞かせに行く機会が減り、
文化協会や文化祭での出番も中止となりまして、
頭のいい会長の発案で
みんなで個々人のこれぞと思う語りをする機会を設けてくださいました。
他のみんなは12月に終っていたので、
先月お仕事で欠席だったAさんの語りを披露していただきました。
会の中でわたしはAさんの声がいちばん好きなのでワクワクしました。
娘さん夫婦は他の町にお住まいだったのですが、
お子さんが生まれてしばらくして、
婿どのの単身赴任に伴い、
娘さんは自分のお仕事の関係上ついていけないので、
実家に娘さんとそのお子さんと同居するようになったことは、
昨年わたしも聞いておりました。
90をとうに超えたお父さまのお世話もあるので、
他人事ながらそのドタバタぶりは目に浮かぶようでした。
娘さんへ宛てた母から娘へのお手紙の要約です。
4年前に生まれた孫がダウン症だと知って、
自分は愕然としたけど、娘は全然あわてず落ち込まず騒がなかったこと。
機会があればどこへでも連れだして、
自分だったら隠そうと思うけど、
誰にでも子どもを紹介したりしていること。
同居するようになってはじめて、
ダウン症児がいつも笑っていることに驚いたこと。
「ダウン症には悲しみはないの楽しさしかないのよ」
という娘さんの言葉にハッとしたこと。
こんな強い娘をわたしが本当に育てたのかしらと思ったこと。
毎晩お風呂の中で娘さんがその息子さんに歌ってあげる歌が
「ありがとうのうた」であること。
毎晩毎晩、お風呂から聞こえてくるその「ありがとうのうた」に、
心がジーンとなること。
真冬の今、家族のみんながダウンジャケットを羽織って外に出るのに、
「ダウンがねぇ(ない)、ダウンがねぇ(ない)」と誰かが探すと、
「ダウンはここにおるで!」という娘さんの言葉。
そんな日常になったことを綴り、
娘さんをリスペクトしているという感情であふれた
母から娘さんへのお手紙でした。
小林正観さんにも障がいを持って生まれたお子さんがおられます。
生まれたときからかなりの期間ショックだったことを綴られた文章も
読んだことがあります。
うちの二人の娘の、姉の方は、知恵遅れの障がい児で、
6歳くらいか7歳くらいの知能しか持っていません。
妹のほうは、健常児で、普通の子どもです。
妹は、姉の慶子ちゃんのことをずっと見続けてきて、
その結果、
人の価値は、勉強することとか、成績を上げることとかではなく、
その人の持っている笑顔とか優しさこそが、価値なのだ
とわかったのです。
慶子ちゃんがいると、
親は癒されるし、皆が優しくなれます。
学校でも、この子がいると、学級全員が優しくなりました。
学年が変わって、この慶子が、新しい学級になったとします。
そうすると、その学年の学級のうちで、
彼女の学級だけが優しくなるのです。
担任の先生も、それまでは怒鳴りまくっていた先生なのに、
彼女の担任になると、
ものすごく優しくなってしまいます。
それが次の学年になり、
学級替えがあったりすると、また彼女のいる学級だけが優しくなる。
そしてまた、怒鳴っていた先生が担任になり、
その先生も優しくなっていく。
慶子が行く先々では、皆が優しくなるのです。
彼女は優しさをどんどん作り上げていく子どもなのですけど、
この子は、今でも漢字で自分の名前を書くことができません。
足し算、引き算もできません。
じゃあ、何の価値もないのでしょうか。
いや、とんでもない。
優しさという点では、ものすごく価値があるのです。
そして、そういう優しさを見せつけられた結果として、
私は、こういう優しさの話をするようになりました。
笑顔を投げかけていると、笑顔に囲まれる。
笑顔を投げかけられると、こちらも笑顔になりますね。
では、また明日^^