未来の働き方を実験する | ふーちゃんのブログ

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こんばんわ新月
 
 
 
 
 
今朝も一面の雪景色。
空気もピーンと凍りついているようで気が引き締まる朝でした。
Yahoo!のお天気予報をずっと先まで確認すると、
先日までのような冷え込みはないのでホッとしています。
 
 
 
 

 
 
 
 
舞台は徳島県神山町。
人口6100人ほどの山間の田舎町。
決して便利とは言えないこの町が「奇跡の町」としても
数年前に全国的に注目されました。
 
 
都心から離れた多くの町が過疎化に苦しむなか、
神山町にはサテライト・オフィス開設や移住者が急増。
新型コロナウイルス流行のなか在宅ワークが増え、
これからの働き方を考える時が来ていますね。
 
 
 
 
篠原匡著『神山プロジェクト』-2014年3月発行-から。
 
 
発展する田舎「神山」
続々誕生する最新スポット
最初に紹介されているのは「梅星茶屋」。
曜日によってオープンする店が違うシェア食堂で、
火・水・土のランチはパスタ中心のカフェ「イレブン」、
木曜夜は広島焼き屋の「かばちゃ」、
金曜昼は地元のお母さんたちが運営する500円ワンコイン食堂「梅星」が営業している。
 
 
もともとは週一回のみ開いていたのだが、
地元のNPOグリーンバレーが手掛ける求職者支援訓練「神山塾」
の卒業生が将来自分の店を持つ準備のために、
「梅星茶屋」を借りるようになった。
 
 
神山には地元民に愛されるお店だけでなく、
県外からの客も多いパン屋「薪パン」やビストロ「カフェ・オニヴァ」など、
個性あふれる飲食店が多い。
 
 
サテライト・オフィスも新しい名所だ。
徳島県は県内全域に光ファイバーが整備されており、
実は神山は全国屈指の通信インフラを誇っている。
 
 
名刺管理サービスのSansanが遠隔ワークの実施地として2010年に開設した、
サテライト・オフィス第一号「Sansan神山ラボ」や、
メデータ(テレビ局などが業務用に使う番組詳細情報)を
運用配信する「プラットイーズ」が空き家を取得して改修した「えんがわオフィス」
には県外からの視察者が絶えないという。
 
 
 
昔からある名所も来訪者を受け入れるためにその姿を変えている。
穀物の神を祀る神社が山腹に鎮座している「大栗山」は、
海外のアーティストが作った作品を楽しむことができる野外美術館だ。
NPOグリーンバレーのメンバーが営む洋品店「岩丸百貨店」は、
移住者と地元住民をつなぐ役割を果たしているという。
 
 
最新スポットがメディアからは注目されがちだが、
本書はもともと神山町にある店や場所にも光をあてることで
「神山」を立体的に描き出している。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なぜ「生み出す人」はここに集まるのか
神山に現れた起業家
自然に優れた場所は他にもある。
ITインフラが整った田舎は神山だけではない。
にもかかわらず、なぜ人々は神山に集まるのか。
 
 
神山のサテライト・オフィスの1つである「えんがわオフィス」を開設した
隅田徹の物語。
 
 
2001年に「プラットイーズ」を創業した隅田は、
東日本大震災をきっかけに災害時の事業継続計画を作る必要に迫られ、
東京以外の拠点探しのために全国各地を20か所ほど探し回っていた。
そこでたまたま訪れたのが神山だったという。
 
 
神山に決めた理由は、
地元のNPOグリーンバレーのいい意味でのいい加減さだった。
企業誘致のために肩に力が入り過ぎている他の自治体とは異なり、
グリーンバレーは「来たらええんちゃう」と自然体で、
厳しい規則もなく「それぞれができることをやればいい」とゆるい。
これが隅田の肌に合っていた。
 
 
隅田が来たことで、神山町は様々な恩恵を受けている。
1つは雇用で、2013年のサテライト・オフィス開設後、
プラットイーズとえんがわオフィスは計20人を雇用した。
うち17名が徳島県出身、6人は神山町の人間だ。
さらに企業家としてのスピード感は神山に刺激を与えるとともに、
縁側オフィスで毎晩のように開かれる飲み会は
コミュニケーションの場としても機能している。
 
 
 
 
新しい働き方の実験場
「Sansan」は「働き方の実験」として神山にオフィスを構えている。
商社に勤めていたころにシリコンバレーの働き方に感化された社長の寺田親弘は、
Sansanを創業したあとも新しい働き方を模索していた。
そんななか、神山の存在を聞いたことをきっかけにこの町を訪れた寺田は、
オフィスの開設を即断したという。
 
 
 
隅田と同じように寺田もインフラだけではなく、
グリーンバレーの雰囲気が気に入ったようだ。
「できる限り地域に貢献したい」と言った寺田に対して、
グリーンバレー理事長の大南信也がいった言葉は意外なものだった。
「無理はせず、あくまでも経済合理性で判断してください」。
 
 
 
働き方の実験場として作られた「神山ラボ」は、
最初は田舎好きの社員がスポットで訪れる程度だったが、
3年が過ぎた今では少しずつ回転を始めている。
オンライン営業の拠点として使われるようになったほか、
経営戦略を考える合宿や新入社員研修での場として活用されているのだ。
夫婦で神山に移住する社員も出てきた。
 
 
東京と神山を組合わせて生産性を高めるSansanの実験は、
未来の働き方に対するひとつの解答と言えるかもしれない。
 
 
 
 
さすらい人や悩める若者たちの物語
神山を訪れるのは企業だけではない。
悩める若者も神山に集まってくる。
その中で中心的な場となっているのが「神山塾」。
 
 
神山塾とは、厚生労働省が進める求職者支援訓練の一環で、
グリーンバレーが展開しているプログラムの通称だ。
期間は半年間で、
何をしたいのかわからない、
あるいは変化のきっかけを求めて飛び込んだという人が少なくない。
 
 
たとえば、広島出身の國本量平は、
環境をガラリと変えようと趣いたタイで神山塾を知り、
飛び込んできた。
そして卒塾後もネットワークがある神山に残ることにし、
現在は「梅星茶屋」で広島焼き屋を営んでいる。
同じく塾生だった桶泉聡子は神山の魅力を、
「出会いがとてもいい。
東京では知り合えないような人と出会える」と語り、
今はグリーンバレーで働いている。
迷い人が集まる神山塾。
ここは人生を再起動させる場といっても過言ではない。
 
※ほかにも映像作家、歯医者、料理人などさまざまな人生を経て
神山にたどり着いた人々の物語が紡がれています。
 
 
 
 
 
創造を生む空気をつくりあげた地元NPOの奇跡と軌跡
ほんの十数年前まではひなびた田舎だった神山は、
移住希望者はおらず、メディアに注目されることもない、
どこにでもある過疎の町に過ぎなかった。
 
 
だが現在は、才気あふれるクリエイターが移り住み、
一線で活躍するビジネスパーソンが躍動している。
メディアに取り上げられない日はなく、移住を望む声が相次いでいる。
戸惑いの声があがるほどに。
 
 
この神山の原動力は地元のNPOのグリーンバレーにあると言っても過言ではない。
サテライト・オフィス誘致などの施策が功を奏したことや、
強力なITインフラや徳島市内からの近さも影響しているのだろうが、
これらはあくまでも表面的な理由に過ぎない。
 
 
その時の自分たちにできることを全力で面白がる。
それを繰り返してきた積み重ねが今の神山なのである。
 
 
グリーンバレーの源流は、
グリーンバレーの理事長である大南が小学校のPTA役員を務めていた頃、
戦前にアメリカから送られてきた人形を
送り主のもとへ里帰りさせようとしたことにさかのぼる。
この人形は、戦前のアメリカで日本人移民の排斥運動が起きたことに
心を痛めた現地の人々から友情の証しとして送られてきたものだった。
 
 
 
大南は1991年にアメリカへの里帰りを実現させ、
人形の地元の町で大歓迎を受けたという。
この成功を機に、より一層の国際交流を進めようと1993年に国際交流協会
を2004年に設立し、大南は会長に就任した。
 
 
その後も国際交流に奔走した大南は、
さらに多くの地域住民を巻き込むために組織委員会をつくり、
「アドプト・プログラム」と「神山アーティスト・イン・レジデンス」
という2つの活動を始めた。
 
 
アドプト・プログラムは沿道の住民が区間を決めて
道路の清掃などを手掛ける取り組みのこと。
もう一つの「神山アーティスト・イン・レジデンス」は、
神山町に国内外のアーティストを招へいし、
滞在期間中に作品を制作してもらおうという活動だ。
 
 
 
 
グリーンバレーの流儀
アドプト・プログラムは当初、県庁の道路保全課から難色を示され、
その後もなかなか前に進む気配がなかった。
そこで大南は意図的に道路区域に看板を立てて議論を巻き起こし、
県側に協議の場を設けさせることに成功した。
できる方法をとことん考えて「やったらええんちゃう」で、
とにかく始めることがグリーンバレーの流儀なのである。
 
 
また「外への丸投げは絶対しない」もグリーンバレーの信条だ。
「神山アーティスト・イン・レジデンス」では、
アーティストの応募書類をもとに、選考委員会の担当者がプレゼンする。
応募動機、作家のスタイルや過去の作品、
神山での作品提案などを担当者なりの言葉で話すため、
みなが共有できる言葉と感覚で進められるのだ。
 
 
アーティストの選定やレジデンスの運営を
外部のコンサルティング会社に丸投げする自治体は少なくないが、
それでは運営のノウハウが地域に残らない。
だからこそ、彼らは他人に委ねず、徹底して「グリーンバレー主導」にこだわるのだ。
 
 
住民の意識転換、アーティストと地域の交流、
若い移住者を増やすことを目的としてきた。
「モノ」ではなく「ひと」に焦点を当てるというスタンス。
大南は「B級グルメなんかはいずれ飽きが来る」
「モノで作ったシステムは廃れると思うけど、
人がベースの仕組みは老朽化しない」と言う。
 
 
クリエイティブな人材が集まる場をつくること、
それこそが地方の人口流出と高齢化を押しとどめる答えなのではないか。
神山プロジェクトはまさにその実験なのである。
 
 
 
 
 
 
えんがわオフィス」とは──プラットイーズ | 働き方メディア Fledge(フレッジ)
 

 

 

 

 

コロナ禍のいま、

未来の働き方を実験する場は田舎かもしれません。

そういう提案をする市会議員さんの誕生を美作でも真顔

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

 

 

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アップ

写真がものすごく多く掲載されていて、

神山町をていねいに描き出しています。

ここに写る人たちはどのお顔も魅力的でした。