あの日のあの時間 | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわ満月
 
 
 
 
 
今日は実家へ行きました。
 
 
 
 
 
この家のおばあちゃんも90を過ぎても独り暮らしでしたが、
この夏に入院されたと聞いています。
ついこの間も病院で会って、ひとりで巡回バスに乗って帰るのを見て、
えらいなあと思っていたところです。
幼いころクリスマスケーキをこのお家で教わった記憶まで蘇ります。
左から柿・ススキ・ユズ(ユコウかも?)そして彼岸花。
秋のスターが勢ぞろいで、思わず車を停めてしばし思い出に浸りました。
 
 
 
 
 
 
今日母からもらった雑誌に、
あの岸見一郎さんが吉田篤弘さんの、

 

を紹介されていました。

 

 

 

わたしの子ども時代に親は八ミリカメラを持っていなかったので、
わたしや弟妹も映った動画は1つもありません。
もしもそんな動画が残っていれば、
そこには吉田篤弘さんが書かれているところの
「記憶にない記憶が閉じ込められている」はずです。
 
 
 
もちろん、
写真にも「記憶にない記憶が閉じ込められているはず」ですが、
動きがあると写真では十分捉えられない生命を強く感じることができますね。
 
 
 
自分の子どもの動画であれば、小さい頃のことを知っているので、
間違いなく我が子だとわかるのですが、
もしわたしの動画が残っていたとしても、
それを見たときに自分だと確信できるのかどうか。
 
 
なぜ自分だと確信できないのか。
そこに映っているのは「記憶にない記憶」だからです。
今の自分と連続していると思えたら、「これは私だ」と思えるのです。
面影があるだけでは、そうは思えないでしょう。
 
 
子どもの時の自分と今の自分とが連続していると思えるのは、
過去のある時のことを記憶している時です。
子どもの時の記憶の多くは断片的で、
今となっては夢で見たことのように思うものもありますが、
それでもどんなにおぼろげな記憶でも残っていれば、
「あの日のあの時間」に残された自分と今の自分は
つながっていると感じられます。
 
 
 
ある日、わたしは母と出かけていて突然の雷雨に見舞われました。
カミナリがすぐに鳴りやむ自然現象だと知る由もないほど幼いころだったので、
どこに出かけていたのか思い出すこともできません。
途中の小学校の体育館に雨宿りしたことだけは覚えています。
わたしは恐くてただただ震えていたのですが、
母がそばにいて平然としているその顔だけは思い出します。
 
 
母は弟妹に手を取られていたので、
幼い日のただひとつ鮮明に残る母との記憶ですが、
幸いにも母は生きているのでこの日のことを聞いても、
母はまったく覚えておりません。
 
 
 
大きくなってからでも、
過去のことをすべて覚えているわけではありません。
ところが、忘れていたはずの過去の出来事を、
母と話をしていると不意に思い出すことがあります。
 
 
 
 
・・・・・・・・・・・

 

 

 

 
過去が突如として頭をもたげたとすれば、
「今」その過去が必要になったからです。
ずっと忘れられない過去もあります。
 
忘れてはいけないと思うのは、「今」そう思っているからです。
反対に、「今」必要でないことは、思い出すことはありません。
思い出したとしても、細部まで思い出すわけではありません。
 
 
対人関係で傷つきたくない人は、
「他者と関わらないでおこう」と思うために、
つらかった経験を思い出します。
「つらかった」という感覚だけが必要なので、
細部は必要ないのです。
 
 
 
              岸見一郎
 
 
 
 
・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
「あの日のあの時間」に残された自分を発見することになる実家行き。
母は今朝6時5分に満月になったことを知っていました。
満月の今日、夫は誕生日を迎えました。
夫、ものすごくおめでたい拍手
月下美人はまだ咲きませんでした、そこが惜しかった。
 
 
 
 
では、また明日^^
 
 
 
 
 
 

 

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アップ

過去のつらかった経験をなかったことにはできませんが、
「今」を変えればそのような経験が必要ではなくなります。
今、まわりの人は必要があれば私を援助してくれると思え、
1人とでもよい関係を築けるようになれば、
つらかった「あの日のあの時間」の自分を置き去りにし、
目を前に見据えて生きられるようになるでしょう。