病気には2種類があります | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわ星空

 

 

 

 

雨が上がり予想通りのお天気に恵まれましたが、

蒸し暑い一日になりましたね。

我が家のツバメとスズメは元気で、ツバメの第2陣の卵が孵化しました。

暑い中育ってくれるかどうか心配しています。

 

 

新型コロナウイルスが猛威を振るう中多くの人が、

「今は症状はなくてもすでにウイルスに感染しているかもしれない」

「感染すると死ぬかもしれない」という不安の中で生きています。

 

 

このような不安感がこの病気に対して適切に対処することを妨げ、

ひいては毎日を安楽に生きることを困難にしているように見えます。

 

 

「どう考えて生きればいいか考えてみましょう。」

とおっしゃっている岸見一郎さんのエッセイからです。

 

 

 

ウイルス感染への不安

まず、この不安から抜け出すために、感染した人を責める人がいるのが問題です。

病気には2つの種類があります。

 

①それにかかってもそのことで誰かから責められることがない病気。

②かかったことを隠そうとする病気。

 

 

どんな病気がそれぞれに該当するかは、

時代や社会によって違ってきますが、コロナウイルスは後者です。

ウイルスは人を選ぶわけではありませんし、

どれほど用心していても防ぎようがないというのが本当ですが、

感染したのは自己責任であるという人がいます。

外出自粛要請が出ていたのに守らなかったからだというわけです。

 

 

また、患者と接触した人は自己隔離しなければならず、

それによってもたらされる被害は時に甚大なものになるので、

ウイルスに感染した人は回復しても謝罪しなければならないことになるのです。

 

愛する人の命を奪ったウイルスを憎いと思うことも問題です。

実際には、目に見えないウイルスではなく、

感染者が憎悪や排斥の対象にされることになるからです。

 

 

病気になったことを謝罪しなければならないような社会では、

病気に感染し重篤の肺炎になり死ぬかもしれないという不安だけでなく、

社会的な制裁を受けることになるかもしれないという不安が膨らんでいきます。

 

 

どんなルールも守られないとすれば、

守らない人ではなく、ルールそのものに問題があります。

 

外出する人が責められるべきではありません。

外出しなくてもいい条件が整っていないことが問題なので、

感染者を責めるのはおかしいのです。

 

 

 

恐ろしいのは「絶望」

紀元前429年、古代ギリシャのアテナイは、

ペロポネソス戦争の最中に感染症に見舞われました。

(トゥキュディデスが『歴史』の中で、この病気について詳細に書いている)

 

健康だった人も何の前触れもなく高熱を発し、

頭部から始まった症状はたちまち全身に広がり、多くの人が亡くなりました。

家族すらも感染を恐れ、看護する人はいなくなり、患者は一人で死んでいきました。

 

家族の死を嘆くことなく呆然としているのを見た少しでも慈悲のある人は、

この状態を恥ずかしく思い、わが身を顧みることなく不幸な友人を訪ね、

そのため病気に感染し犠牲になりました。

 

 

 

自らもり患した彼はこう言っています。

 

 

「もっとも恐ろしいのは病気に罹ったと知ったときの落胆だ」。

この病気についていろんなことを知っているので、

絶望し、病気に抵抗する気力を失ってしまうのです。

 

それでは、希望を持ちさえすればいいのかというと、そうではありません。

ペストが猛威を振るった16世紀後半から17世紀にかけてのイギリスでは、

幸福な人間はペストにかからない、

心が幸福な状態であれば病気は避けられると信じられていたようですが、

そのような精神主義が感染の予防になるはずはありません。

 

 

身体の強弱に関係なく感染したのは、

アテナイの病気も、コロナウイルスの場合も同じです。

しかし、希望を失わないことが生のあり方を変えるのは間違いありません。

 

 

人は絶望的な状況においては、何ともならないとあきらめてしまいます。

しかし、楽観的に生きてきた人であれば、

いつウイルスに感染するかわからないような状況においても希望を失うことはありません。

自分が何もしなくても誰かに助けてもらえるとは思わないで、

与えられた現実の中で、できることをしていかなければなりません。

 

 

今回のウイルスのことでは感染予防のためには外出を控える必要があり、

孤独であることを強いられますが、

カミュの『ペスト』の世界とは違って、今は連絡が取れないわけではありません。

離れていることが、

人と人との結びつきをかえって強く意識させることになればいいですね。

 

 

感染するのではないかと不安になったところで、

その不安は絶望につながるだけです。

感染する不安に押しつぶされ、今日という日を生きられないことが問題です。

 

 

 

危機的な状況の中でこそ、「今、ここ」に生きる。

心に留めたい言葉です。

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

 

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ベストセラー『嫌われる勇気』の著者による、人生をよりよく生きぬくための36のヒント。

生きる勇気と希望が湧き、幸せにする言葉が盛り盛りです。

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