思考の整理学 | ふーちゃんのブログ

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こんばんわ新月
 
 
 
 
 
今朝も早朝5時から畑の草抜きをしました。
が、3日連続はきついことを身体が訴えるので「明日は一日休むわ」
・・・と見上げるツバメに報告。
 
 
 

(14羽まで数えましたが飛んでる子もいます)
 
 
 
 
外山滋比古さんが7月30日に96歳でお亡くなりになりました。
30年間で200万部以上売れたロングセラー『思考の整理学』の著者です。
東大・京大でいちばん読まれた本だとか。
 
 
日本人はよく「表現することが苦手」だと言われますが、
それは実のところ「考えることが苦手」ということに他ならないとか。
「考えることが得意」になるためには、
外山さんの言われるように「思考の整理」が必要らしいのです。
(1986年4月発行)から。

 

 

 

 
 
 
 
 
学習について
グライダーかつ飛行機であれ
学校信仰というものがある。
新しいことを始めたいのであれば、学校へ行くのがいちばんだとする考え方のこと。
そういう人たちは、学ぶにはまず教えてくれる人が必要だと考えている。
だからこそ、教える人と本を用意して待ってくれている学校へ行くのが当然だと。
 
 
しかし、学校での学びは、あくまで先生と教科書にひっぱられたものでしかない。
それはまるでグライダーのような学び方だ。
学校では、どこまでもついていく従順さが尊重され、
逆に自力で動く飛行機のような学び方は敬遠されてしまう。
 
 
グライダー自体がダメなわけではない。
そもそも人間には、グライダー能力と飛行機能力の両方が備わっている。
何も知らないままで飛ぼうとすれば、待っているのは悲惨な結末である。
 
 
だが、現実にはグライダー能力ばかり成長していて、飛行機能力に欠けている人があまりにも多い。
最悪なのは、そういう人も「翔べる」という評価を社会で受けてしまっている。
そのような環境が、新しい文化の創造を阻んでいる。
 
 
学校がグライダー訓練所のようになってしまうのも、当然である。
とにかく言われるまま勉強するよう教え込むからだ。
そのような環境では、各々の自発的な学習意欲は期待できない。
 
 
ここで参考になるのが、昔の塾や道場のしきたり。
かつての教育機関では、入門してもすぐに教えるようなことはしなかった。
むしろ、教えることを拒んでいたほどである。
 
 
すると当然、弟子は不満を抱き、なんとしてでも師匠の知識や技術を盗み取ろうとする。
すると次第に、新しい知識や情報を自ら取得する力が養われていく。
 
 
いまの学校は、教える側が積極的すぎるし親切すぎる。
それでは学ぶ側の依存心を助長するだけで、好奇心をないがしろにしてしまう。
 
 
 
発想について
問題は寝かせよ
問題から答えが導かれるまでには通常、時間がかかるもの。
その間、ずっと考え続けているかえって悪影響を及ぼしかねない。
一晩寝てから考えるぐらいがちょうどいい。
 
 
むしろ、一晩では短すぎる場合もある。
大きな問題は特にそうだ。
すぐに答えが出るような問題は、そもそも大したことがない。
本当の問題は、長い間、心のなかであたためておかないと形を成さない。
 
 
思考の整理法として、寝かせるほど大切なことはない。
もっと無意識の時間を大事にするべきだ。
着想を生み出すうえで、無意識の時間を使うことほど有用な手段はほかにない。
 
 
 
ひとつだけでは、多すぎる
自分なりの着想をもつと、どうしても独善的になりがちだ。
自信をもつことはもちろんすばらしい。
しかし、行き過ぎてしまってはいけない。
ひとつのことに注力することは、
はた目には美しい生き方のように思えるかもしれないが、
かならずしも成果に結びつくわけではない。
ひとつだけに絞ってしまうと、うまく行かないときに後がなくなってしまう危険性もある。
 
 
いくつかのことに関りをもって生きてこそ、
自分のやるべきことが見えてくるし、
変なこだわりも生まれないし、
力むこともなくなる。
自分のテーマどうしを競争させていれば、テーマのほうか近づいてきてくれるものだ。
「ひとつだけでは、多すぎる」。
 
 
知のエディターシップ
「全体は部分の総和にあらず。」
 
上手に編集すれば、部分の総和よりはるかにおもしろい全体像を描き出せるし、
それぞれの構成要素も単独のときより数段見栄えがよくなる。
 
 
もとになるものを生み出すことが第一次的創造(クリエイション)であれば、
それらをまとめあげるのが第二次的創造(メタ・クリエイション)である。
第二次的創造が第一次的創造に比べて劣るものではないことは、
スポーツの監督やファッションデザイナー、映画やTVのディレクター
の役割をみれば一目瞭然であろう。
 
 
思考についてもそうだ。
思いつきや着想のような第一次的創造は、それ単独で意味をもつこともあるが、
単独ではさほど力をもっていないことも少なくない。
 
 
 
そこで「知のエディターシップ」=第二次的創造の出番である。
ここで求められるのは、もっている着想や知識をいかに組み合わせるか。
材料は自分の着想でなくてもかまわない。
自分自身がどのくらい独創的であるかは、
知のエディタ―シップにおいてはさほど重要ではない。
むしろ、あまり主観や個性を出し過ぎるのは考えもの。
知を紡ぐ際は、あくまで触媒としての役割に徹するべきである。
 
 
 
忘却について
積ん読ではなく「つんどく」を
知識を集めるときに大切なのは、系統的に収集すること。
おもしろそうなことをかたっぱしから集めてしまっても、
雑然と知識が積みあがるだけで、調べる前よりもかえって頭が混乱してしまう。
調べるときは、まず何を調べるのかを明確にするべきだ。
 
 
ものを調べるときには一般的に、
カードあるいはノートを用いることが多い。
だが、どちらも時間がかかるし、アフターケアも大変。
よほどうまく管理しなければ、山のような「資料」をかかえることになってしまう。
 
 
そこでおススメしたいのが、「つんどく法」。
すなわち、当たって砕けろの精神で、積み上げた参考文献を、
一気に読み進めるのである。
メモ程度のことを書くのはかまわないが、
ノートやカードをつくるときのように、きれいさっぱり忘れることはない。
記録してしまうと、忘却が促進される。
内容を頭のなかに残したいのであれば、メモやノートはとらないほうがいい。
 
 
読み始めるときは、まず標準的なものから。
はじめの1冊は大変だが、その後はどんどん楽になるはず。
読み終えたら、なるべく早くまとめの文章を書こう。
ほとぼりが冷めてしまうと、一気に忘却が進んでしまう。
 
 
つんどく法のカギは、集中読書と集中記憶。
そうすることによって、短期間、ある問題に関して博覧強記の人間になる。
そしてそれをアウトプットしたら、安心して忘れる。
それでも、いくつかのことは頭に残るだろう。
いつまでも忘れないようにと思っていると、後々の知識の習得の邪魔になるので要注意。
 
 
 
倉庫ではなく工場になれ
思考の整理で重要なのは、いかにうまく忘れるか。
 
私たちは、人間の頭脳を「倉庫」に見立てた教育を受けてきた。
倉庫としての頭にとって、忘却は敵だ。
この考えに従えば、なかにたくさんものが詰まっていればいるほどよいということになる。
 
 
だが、コンピューターが普及したことにより、
人間の頭を倉庫として用いるやり方に疑問が生じてきた。
これからは新しいことを考え出す「工場」でなくてはならない。
 
倉庫を工場にするには、
よけいなものを処分してしまい、広大なスペースが必要だ。
かといって、すべてのものを捨ててしまっては仕事にならない。
そこで整理が大事になる。
 
 
この工場の整理にあたるのが、忘却である。
とくに大事なのが、睡眠のもつ忘却機能。
朝の時間が、思考にとって黄金の時間なのも、
頭のなかの工場がきちんと整理されて、動きやすくなっているから。
場所を変えてリフレッシュしたり、他のことをしてみたりするのも効果的。
朝から晩まで同じ問題に取り組んでいるようでは効率が悪い。
 
 
 
表現について
とにかく書くべし
まとめることなしに本を読み続けても、材料がいたずらに増えるだけ。
大変な勉強家でありながら、
ほとんどまとまった仕事をこなすことができない人間になりかねない。
 
 
大事なのは気軽に書き始めること。
最初から大長編を書こうとしてはいけない。
おもしろいことに、書き出してみると、頭のなかで少しづつ筋道が立ってくる。
 
 
細かい表現にこだわるのもよくない。
ノロノロ走っていると、石ころひとつで横転しかねない。
全速力で走り続けよう。
そうすれば少しくらいの障害など気にならなくなる。
推敲は最後にすればよい。
 
 
 
 
・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
知的好奇心旺盛だった若いころ梅棹忠夫さんの、

 

「頭を働かせて、何か新しい事柄(情報)を人に分かる形で提出すること」や、
人々がそれぞれに知的情報処理能力を作用させて

新しい情報を生み出す時代が将来訪れること、情報産業の時代が到来することも予見。

を読み、ひとしきり学んだことをカード化したものです。

 

 

この本のとなりにこの外山さんのこの本が今でも本棚にあります。
長い間開くことも無かったのですが、
若かりしのわたしを支えてくださっていたんだなと感慨深いです。
 
 
ともに30年以上前に書かれた本ではありますが、
この時代の方は人間の感性に訴えかけるような表現をされています。
だから今でも読み続けられているのでしょう。
 
 
読んでもすぐに忘れることを悲しく思っておりましたが、
今になって読み返すと励まされました。
思考の整理で重要なのは、いかにうまく忘れるか。

知識をいたずらに所蔵してはいけない。

必要なもの以外は忘れてしまうべきだ。

 
 
忘れても忘れてもこれからも本は読みたいです照れ

外山さんのご冥福を祈ります。

ありがとうございました。

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

 

 

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「知」という営みに対する向き合い方を考えるうえで、礎となる1冊です。