こうやって、考える | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわ月見
 
 
 
やっとお日さまが顔を見せてくれました。
 
 
草抜き瞑想ができるようになりまして、
わたしの心は穏やかでございます。
 
 
そろそろ掘ったほうがいいんじゃないかというサツマイモ。
 

 

 

掘る元気は今日のところはないので、

ツル返しをしながら、

読んだ本の内容を思い出しながら、

とにかく草抜きに励みました。

 

 

「知識から思考が生まれることは、ほとんどない。

知識を集めることよりも、自分の知見を育むことの方が重要。」

の意味を考える。

 

 

畑で考える人はなかなかいないだろうと、

どうでもいい優越感にひたる。

 

 

 

 

 

 
知人に貸している部分の畑の草ボウボウを眺めながら、
「純粋過ぎるのは問題だ。
人生を豊かにするためには
少しぐらい雑然としていたほうがいい。」
の部分を思い出す。
 
 
「朝は金であり、昼と夕方は銀である。
ただし朝食後は鉄、昼食後と夕食後は鉛になる。
とくに夜10時以降は石だ。
夜に作業をすると石頭になりかねない。」
 
 
 
 

 

 

 

草まみれの中では、

上空からの敵(カラス)もやって来ず、

カボチャもメロンもスイカもたくさん穫れたらしい。

 

 

むやみに草も抜かず草と共存させる農業も流行らしい。

 

 

「むやみに愛読書をつくってはならないし、

多読を誇ってもならない。

何度読んでも発見のある本が3冊もあれば、

りっぱな読書人である。」

 

 

と、『思考の整理学』で知られる知の巨人
外山滋比古さんがおっしゃっています。
 
 
「本を読むだけになってしまってはならない」と訴える。
 
 
本は知識を増やすのには適しているが、
代わりにこちらの思考力を奪いかねない。
 
 
また外山さんは研究者でありながら、
専門家になる弊害についてたびたび言及し、
素人的な会話の中にこそ
クリエイティビティが眠っていることを強調される。
 
 
新しいアイデアは、
異なるものがぶつかりあったときにこそ生じるもの。
 
 
気軽になんでも語り合える人がどれくらいいるかで、
その人のクリエイティビティは決まってくるのかも。
 
 
 
未知のものを見つけ出すには、
発想力を鍛える
 
いたずらに情報や知識を集めて喜んでいてはならない。
 
 
大切なのは自分にとって未知のものを
見つけ出し、
それを基に自分の知見を創り出すこと。
 
 
未知のアイデアは正面から捕えようとしても、
なかなかなので、
むしろ気にしていないときにこそ、
アイデアは降って湧いてくるもの。
 
 
とにかく一心不乱に努力しよう。
 
 
精神が研ぎ澄まされてくるときにこそ、
予想外のアイデアが舞い降りてくる。
 
 
・・・というので、
とにかく毎日のように一心不乱に草を抜くわたしニヤリ
 
 
ま、そう簡単にアイデアは浮かばない。
 
 
わたしは凡人中の凡人だから。
 
 
失敗の中にも、
多くのすばらしいアイデアが詰まっているらしい。
 
 
失敗の中にも新しい発見があるらしく、
思いがけないことを発見する能力=セレンディピティとは、
失敗、間違いの異名だとか。
 
 
さらに場所も重要。
 
 
文章を練る際にもっとも妙案が浮かぶ場所は、
三上(枕上、鞍上、厠上)
枕の上と書いて「枕上(ちんじょう)」、
厠(かわや)の上とかいて「厠上(しじょう)」。

 

 

 

他のことをしているときにこそ、

精神は最大の自由を獲得するらしい。

 

 

そして予想もしなかった名案が浮かぶのも、

まさにその瞬間。

 

 

 

知識は死んだもの

 

 

知識から思考が生まれることはほとんどない。

 

 

仮に生まれたとしても、

それは小粒で非力なもの。

 

なぜなら思考とは、

生きている人間の頭から生まれるものだから。

 

 

ゆえに研究室で本を読んでいる人は、

思考に適さない。

 

 

生活が貧困だから。

 

 

たしかに知識は力。

 

だが知識が多くなると、

考えることをやめてしまう。

 

 

極端に言えば、

知識の量に反比例して思考力は低下する。

 

 

本を読んで得られる知識は、

過去形のものばかり也。

 

重要なのは、

常に問い、疑うこと。

 

 

感想を書く

 

 

本を読みっぱなしにせず、

あとで必ず感想を書くこと。

 

 

書くことは面倒だが、

頭をよくする最もすぐれた方法なのだから。

 

 

あとは手帖につけて読み返す習慣。

 

 

そうすると思わぬ瞬間に役に立つ。

 

 

 

 

純粋よりも雑であれ

 

 

学者に限らず、

何かひとつだけに打ち込んでいる人には

どこかおかしいところがある。

 

 

純粋過ぎるのは考えもの。

 

 

人間は多少不純なくらいがちょうどいい。

 

 

清濁併せ呑む人間こそが大きくなれる。

 

 

人生を豊かにするためには、

わき道に逸れることも必要。

 

 

むしろ雑は純一よりも豊かなのである。

 

 

かといって、

安心して掃除をサボるような安易な解釈は

しないようにウインク

 

 

では、また明日(*^.^*)

 

 

 

 

 

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アップ

思わずバッグに忍ばせて持ち歩きたくなる本。

「知の巨人」である外山滋比古氏の150の言葉が

濃縮された金言集。

多くの気づきと着想をもたらしてくれる味わい深い1冊です。