決意を支えるもの | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわ雪の結晶

 

 

寒い寒い朝になりました。

 

 

今朝の美作の夜中は、マイナス7℃になるというので、

凍え死ぬのではないかと不安になりました。

 

 

明日の夜中はマイナス9℃か10℃になるというので、

これまた覚悟しております。

 

 

背中と足裏の土踏まずにホッカイロを貼って、

おばあちゃんをデイに連れて行きました。

 

 

凍結のため迎車が10時を回るというのです。

 

 

プロなんだから、

それなりの準備をしているんじゃないの目と、

不満に思いましたが、

10時からの会議に間に合わないので、

わたしが送り届けました。

 

 

施設の職員さんには、使命感を持っていてほしいなと、

要介護をかかえるお家の方は、

みなさんそう思ったことだと思います。

 

 

 

使命感といえば、

東日本大震災による津波に襲われた町で、

地震発生の翌日から地域の人たちに

情報を発信し続けた「石巻日日新聞」の壁新聞が

思い出されます。

 

 

 

その行為は、

「伝えなければ」という記者としての一心の思いなくしては、

とうてい成し得なかったことでしょう。

 

 

電気は止まり、

輪転機は使い物にならず、

家族の安否さえわからない社員もいる中で、

「新聞を出す」「手書きで行く」

という社長の決断。

 

 

 

泥水に浸かり瓦礫を乗り越えて取材し、

懐中電灯とろうそくの灯りを頼りに壁新聞を作り続けた社員さんたち。

 

 

 

震災の翌日、

避難所とコンビニの壁に張り出された壁新聞の周りには、

たくさんの人垣ができたと聞いています。

 

 

ライフラインが途絶えたとき、

まず人々が求めたのは「情報」だったのです。

 

 

記者さんたちの集めた地域の様々な情報は、

被災者のみなさんにとって、

何にも勝る助けとなり、

励みにもなったに違いありません。

 

 

 

ここで改めて考えさせられるのは、

何事かを計画し実行するうえで、

可能と不可能との分かれ目は、

何処にあるのかということです。

 

 

わたしはたびたびそのことを考えることがあります。

 

 

もし「○○がなければできない」ということがあるとすれば、

その「○○」の第一番目は、

けっしてお金や物ではないということ。

 

 

 

何より欠かせないのは、

そのことを「成し遂げたい、成し遂げなければならない」

という強い思いです。

 

 

その思いこそが「使命感」。

 

 

そういう使命感は、生き甲斐にもなります。

 

 

人間の生き甲斐の原点は、

「誰かのために自分の力を使うこと」であり、

わたしは人が喜んでくれるから働き、

そのことが自分の支えにもなっているのです。

 

 

人に感謝し、

人の喜びのために行動する。

 

 

つまり、「人のために」行動するとき、

人間は努力を継続することも、

より大きな力を発揮することもできるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

22年前の今日、

亡くなった職場の同僚、友人、知人のぶんまで、

生かされた命を大切に生きていくことの決意に変えて。

 

 

合掌。

 

 

 

 

 


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