成人の日に | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

今日は成人式ですね、きれいな晴れ着を見たかったのですが、

出かける時間帯が違っておりましたようで、

目にすることはございませんでしたあせる




谷川俊太郎/「成人の日に」という詩があります。


人間とは常に人間になりつつある存在だ
かつて教えられたその言葉がしこりのように胸の奥に残っている

成人とは人に成ること

もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている
完全な人間はどこにもいない

人間とは何かを知りつくしている者もいない

だからみな問いかけるのだ

人間とはいったい何かを
そしてみな答えているのだ

その問いに
毎日のささやかな行動で


人は人を傷つける

人は人を慰める

人は人を怖れ

人は人を求める


子どもとおとなの区別がどこにあるのか

子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな

おとなは一生大きな子ども

どんな美しい記念の晴れ着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない


他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ


でき上がったどんな権威にもしばられず
流れ動く多数の意見にまどわされず
とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

それこそがおとなの始まり

永遠に終わらないおとなへの出発点


人間が人間になりつづけるための
苦しみと喜びの方法論だ






わたしの中では成人式といえば、息子とお嫁ちゃんの時が、記憶の底に

鮮やかな印象として残っております。


20と、18で結婚したものですから、お嫁ちゃんの成人式の写真には、

当時一歳になる孫をだっこした姿が写っております。


成人になる前に、親になっていたわけです。



あれから10年チョイ経ちまして、今年のお正月、

娘が、弟であるわたしの息子がとてつもなく大人として成長していることに

驚いたと申します。


早くに結婚し、早くに親になり、早くに社会に出たぶん、

いろんな意味で、挫折を味わい苦労もしたからだろうと思います。




冬は家族で休みのたびに、スノボーやスキーに行っているそうです。




「人は人にもまれて大人になる。


今の苦悩は全て人生の蓄積になるはずだ。


ただし、それは歳月を経てやっと見えてくる。


新成人には折れぬ心と謙虚な心を持って歩き続けて欲しい。」


               (山陽新聞 1・12 滴一滴より)





成人とは、人に成ること・・・。


この世にひとりでも多くの、本当の人に成った大人が溢れるようにと、

心から願っています。



はたちのみなさん、成人おめでとう。








(画像はお借りしました(*v.v)

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36年前のわたしの成人式は、貧富の差を考慮して、

振袖禁止で、平服でした。

まだ学生が多かったですから、

同窓会みたいな感じで、大人になったなんて少しも

思ったりもしませんでした。