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こころ和むセラピスト
鶴野のぞみです。





②では、悲しいと思う代わりに
怒る事で感情表現をしていた……
と、書きました。


ここでもう一つ、書いておきたい事があって、
それは私の家庭環境に問題らしい問題はなかった
ということです。

もちろん、何かやらかせば怒られましたが、
基本的には親バカな両親だと思います。

自分でも箱入り娘だという自覚があるくらい、
私と両親の関係は良好です。

兄が受験生になるまでは、
夏はキャンプ、冬はスキーを楽しみました。

父親と二人で映画や買い物に行きましたし、
趣味も父親似でしたから、
父親をイヤだと思った事はありません。
(多分。記憶の限りでは(笑))



にも関わらず、
私が『しっかりしなければならない』
思い込んでしまったのは……

こんなにも大好きでいてくれる両親に
ダメな自分を見せたくなかった……
という幼心だったのかもしれません。


ここでも書いておきたいのですが、
両親は決して私に何かを強要した事は無い、
という事実です。

成績が悪くなっても、
『次は頑張ろう』と言う事はあっても、
『なんでできないの?』と責めたり
怒ったりするような事はありませんでした。


もし、あるとすれば……
『しっかりしているね』と様々な方から
褒めていただいた事であろうと思います。

こんなに沢山の人から
『しっかりしている』と言われるという事は、
私は『しっかりしている』んだ。

『しっかりしていない私はダメなんだ』。


でも、『しっかりしなければならない』から、
誰かに頼ったり、甘えたりしない……
怒り、という形でしか感情表現できなかったんですね。


いま、書いていて……泣きたくなるくらい、
甘える事がヘタクソな子どもでした。



何度でも書いておきたいのですが、
私は自分の意見が言えない子どもではありませんでした。

怒りという感情表現であれば、
大人だろうが教師だろうが、
先輩後輩友人だろうが、
誰に対しても何の抵抗もなく言えたのです。
(それが人間関係を構築するに当たり、
 様々な問題を引き起こした事はどうしようもない事実です)


だから……
『できない事がある』事に、激しく反発しました。


何かを注意されれば、
『何クソ!
 次は言わせないんだから見てろよ!』

何かを怒られれば、
『何クソ!
 二度とそんな口きけなくさせてやる!』

何か反論されれば、
『私より出来るようになってから言え!』



こうした反抗心が原動力になっていた事も、
間違いありません。


ただ……本当に……
悲しいくらい不器用な人間です。


怒りたいわけじゃないのに、
怒ってしまう……

そんな自分に自己嫌悪して、
くよくよして……


時々……堰が切れたかのように、
誰もいない家で一人、泣き叫んでいました。



続きます。