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こころ和むセラピスト
鶴野のぞみです。
『私に出来ない事は無い』という強烈な禁止から、
助けを求める事も出来なくなっていた……
という話しの続きです。
詳細を書くか、少し悩んだのですが……
私の中では大きな出来事だったので、
お付き合いいただければ幸いに思いますm(_ _)m
私には今でもよく覚えている出来事があって、
それは小学3年生の時の事です。
11月の、雷がゴロゴロ鳴る雨の日に、
私は3つ目の小学校へ転校しました。
2つ目のS小学校は新しい学校だったので、
60年以上の歴史を持つT小学校は、
雷雨も相まって不気味な学校に思えました。
転校生お決まりの挨拶を済ませて、席について……
先生が『静かにしなさい』と言ってもザワザワしている教室……
『静かにしなくて良いんですか?』
そういう事を、転校初日から言う……
そんな子どもでした。
(私すげーなwwwと素直に思う今日この頃(´-`))
ここで言いたいのは、
私は自分の意見を言えない子どもでは無かった、という事です。
物怖じせず、言いたい事は言う。
そういう子どもだったんです。
でも、4年生になってから、
私は完全に孤立してしまいました。
してしまった……と言うのは、
正しくないかもしれません。
だって、私の意識では、
『この学校の人たちとは気が合わない』
『思ったように物事が進まないのがムカつく』
『勝手に怒って、勝手に一人になっている』
でしたから。
自分の思い通りにならない事に腹を立てて、
一人で勝手に怒っているから、
周りから距離を取られるのは当たり前でした。
そして、同時に悲しく思っていたんです。
どうして上手くやれないんだろう? って。
ただ、これらの出来事は、
大人からしたらイジメに見えたみたいです。
転校生だった……というのも大きかったのでしょう。
確か休み時間だったような気がするんですが、
私は例によってクラスメイトと口論をして、
一人でクラスに戻ったんです。
戻ってきた私を見た担任の先生が、
私に声を掛けました。
何を話したのかは覚えていませんが、
結果的に私はボロボロ泣きながら話してました。
先生は言いました。
『なんでそれを皆の前で言わないの?』
私は、答えませんでした。
『言ったところで何になるの?』
と、幼心に思ったからです。
今思えば、この頃には既に、
『つらい』とか『寂しい』とか、
そういう事を言わない子どもだった気がします。
『悲しい』と言う代わりに、
『怒って』いました。
思い通りにならない事を怒っていて、
悲しいとか寂しいとか思わなかった。
本当は、きっと寂しかったのです。
うまく輪の中に入れない自分も、
輪の中に入れない事を言えない自分も、
言えない自分を責めている自分も、
そんな自分を知られたくない自分も……
でも、怒る方法しか、知らなかったのです。
怒る事で、弱い自分を覆い隠して、
大丈夫な自分を演じていたのです。
私に出来ない事は、無いのだから――
だから、
『話したところで何になるの?』という
疑問が出てきていたんですね。
小学4年生で既にこうでしたから、
筋金入りのロジックです(;・∀・)
続きます。




