感謝しております
先日、田園調布の講演会に参加された方から、
「30年間、苦しめられてきたことから解放されました!」
と言っていただけました
我ながら、「いいことしてるなぁ」と思いました(笑)
明日は名古屋での開催
おかげさまで満員御礼をいただきました
年内で終了となる講演会の日程はこちらから
それでは今日も、物語の続きをどうぞ
第五話を最初から読みたい方はこちらからこちらから
第一話はこちらにどうぞ
『しあわせ探偵の事件簿』
第五話:「ものがたり」②
一通り話すと、渡部はうなだれた。
それに対してはなゑは、変わらぬ笑顔でこう尋ねた。
「それは大変な思いをされましたね。
でも、渡部さん。渡部さんの話にもありましたが、以前にもネットワークビジネスのトラブルに巻き込まれたりとか、よく、人から騙されたりしていませんか?」
「その通りです。実は、それもあって、沙由里ちゃんの話にすごく興味を持ったんです」
「そうなんですね。もしかしたら渡部さんは、その投資話やネットワークビジネスやその他の話を持ちかけられたとき、『ちょっと、怪しいな』とか疑いを持ちながらも、突っ込んだことが聞けず、断ることもできず、話に乗ってしまう。違いますか?」
「いや〜、そんなことまでわかっちゃうんですか!
まさにその通りです」
「だいたい、わかりました。
今、お話を聞いた仮想通貨詐欺事件も、ネットワークビジネスのトラブルも、その他の事件もそれぞれに実行犯がいます。
しかし、こうした詐欺や誰かに騙されたりといったトラブルが続くということは、それらを引き起こしている“真犯人”がいるということです。
その真犯人は姿を見せず、実に巧妙に、事件を起こしています。
でも、その真犯人はある“手がかり”を残しているんです。
その手がかりを順に追っていきましょう。
まず、渡部さんが騙されたりトラブルになる一番の原因は、相手も『騙そう』としたかもしれませんが、そのことに多少は気づきながらも、そのことを確認したり、断ることができないことにあります。
これは、渡部さんの心の中に『人を信じなければいけない』という強迫観念のようなものがあり、その強迫観念の裏には『人を信じることができない自分は、人として価値がない』という思いがあるのではないでしょうか?」
「まさにその通りです。実は、仕事で独立するときに友人と一緒に共同経営を始めたのですが、そのときに『契約書を交わした方がいい』とは思いながらも、それが言えませんでした。
友人に『俺のことを信じてないのか?』と言われるのが怖くて言えなかったんです。
それで結局、事業がうまくいきだしたら会社は巧妙に乗っ取られ、私は追い出されてしまいました。
仮想通貨のときも、ネットワークビジネスのときも、『怪しい』とか『おかしい』と思いながらもそれが言えなかったり、断れなかったのは『私のことが信じられないんですか?』と言われるのが怖かったのであり、『人を信じることができない自分は、人として価値がない』と思っていたからだと思います」
「なるほど。わかりました。では次に、渡部さんがなぜそれほどまでに『人を信じることができない自分は、人として価値がない』と思ってしまったかを探っていきましょう。
まず、『人を信じなければいけない』と思うのは、その根底に『人のことが信じられない』という気持ちがあるからです。
世の中には信じられる人もいれば、信じられない人もいます。
なのに、最初から人のことを疑ってしまうのには、もっとも基本的な“人との繋がり”に何か問題を抱えている可能性があります。
それと、『人として価値がない』と思ってしまうのは“自尊感情”というか、“自己重要感”が低い証拠です。
本来、人はそのままで価値のある存在です。
それが、『〜できない自分は価値がない』とか『〜しない自分は価値がない』と思ってしまうということは、『大切にされたい人から大切にされなかった』という経験や、『大切な人から自分の価値を否定されるようなことをされた』という経験がそうさせているのです。
以上のことから推察されるのは、渡部さんはもっとも大切にされたい人、つまり親との間に何か、深刻なトラブルを抱えてらっしゃるのではないでしょうか?」
「参りました。はなゑさんにはすべてがお見通しなんですね。
その通りです。
私は幼少期に父親から、かなりひどい虐待を受けていました。
殴る蹴るは日常茶飯事で、寒い夜に表に放り出されたり、食事を与えてもらえないこともありました。
母は父に逆らうことができず、見て見ぬ振りをしていたように思います。
何度か父の暴力が原因で病院にいったときも、母は世間体を気にしてか、『病院の先生には自転車で転んだって言うのよ』とか『階段から落ちたって言いなさい』と言われました。
下に妹がいるのですが、父は妹には一切、手をあげることはなかったんです。
父は小学校の先生をしていて、私が中学に上がる頃には校長になり、今は県の教育委員長をしています。
子供達からも慕われていたようで、毎年、かなりの数の年賀状が来ています。
そんな、周りからの人望もある父ですから、必然的に私は自分のことを責めました。
それで、必死で父の意に沿うようにというか、極端に言えば怒られないように生きてきたように思います」
渡部は、今まで親友にも、妻にも言えなかったことを、初対面のはなゑにこれだけ正直に話している自分に驚いた。
それは、はなゑの“話の振り方がうまい”ということもあるが、「この人の前では正直に、なんでも話していいだよ」と思わせる“安らぎ”や“優しさ”や“安心”をはなゑが醸し出しているからではないかと渡部は思った。
つづく・・・
先日、田園調布の講演会に参加された方から、
「30年間、苦しめられてきたことから解放されました!」
と言っていただけました
我ながら、「いいことしてるなぁ」と思いました(笑)
明日は名古屋での開催
おかげさまで満員御礼をいただきました
年内で終了となる講演会の日程はこちらから
それでは今日も、物語の続きをどうぞ
第五話を最初から読みたい方はこちらからこちらから
第一話はこちらにどうぞ
『しあわせ探偵の事件簿』
第五話:「ものがたり」②
一通り話すと、渡部はうなだれた。
それに対してはなゑは、変わらぬ笑顔でこう尋ねた。
「それは大変な思いをされましたね。
でも、渡部さん。渡部さんの話にもありましたが、以前にもネットワークビジネスのトラブルに巻き込まれたりとか、よく、人から騙されたりしていませんか?」
「その通りです。実は、それもあって、沙由里ちゃんの話にすごく興味を持ったんです」
「そうなんですね。もしかしたら渡部さんは、その投資話やネットワークビジネスやその他の話を持ちかけられたとき、『ちょっと、怪しいな』とか疑いを持ちながらも、突っ込んだことが聞けず、断ることもできず、話に乗ってしまう。違いますか?」
「いや〜、そんなことまでわかっちゃうんですか!
まさにその通りです」
「だいたい、わかりました。
今、お話を聞いた仮想通貨詐欺事件も、ネットワークビジネスのトラブルも、その他の事件もそれぞれに実行犯がいます。
しかし、こうした詐欺や誰かに騙されたりといったトラブルが続くということは、それらを引き起こしている“真犯人”がいるということです。
その真犯人は姿を見せず、実に巧妙に、事件を起こしています。
でも、その真犯人はある“手がかり”を残しているんです。
その手がかりを順に追っていきましょう。
まず、渡部さんが騙されたりトラブルになる一番の原因は、相手も『騙そう』としたかもしれませんが、そのことに多少は気づきながらも、そのことを確認したり、断ることができないことにあります。
これは、渡部さんの心の中に『人を信じなければいけない』という強迫観念のようなものがあり、その強迫観念の裏には『人を信じることができない自分は、人として価値がない』という思いがあるのではないでしょうか?」
「まさにその通りです。実は、仕事で独立するときに友人と一緒に共同経営を始めたのですが、そのときに『契約書を交わした方がいい』とは思いながらも、それが言えませんでした。
友人に『俺のことを信じてないのか?』と言われるのが怖くて言えなかったんです。
それで結局、事業がうまくいきだしたら会社は巧妙に乗っ取られ、私は追い出されてしまいました。
仮想通貨のときも、ネットワークビジネスのときも、『怪しい』とか『おかしい』と思いながらもそれが言えなかったり、断れなかったのは『私のことが信じられないんですか?』と言われるのが怖かったのであり、『人を信じることができない自分は、人として価値がない』と思っていたからだと思います」
「なるほど。わかりました。では次に、渡部さんがなぜそれほどまでに『人を信じることができない自分は、人として価値がない』と思ってしまったかを探っていきましょう。
まず、『人を信じなければいけない』と思うのは、その根底に『人のことが信じられない』という気持ちがあるからです。
世の中には信じられる人もいれば、信じられない人もいます。
なのに、最初から人のことを疑ってしまうのには、もっとも基本的な“人との繋がり”に何か問題を抱えている可能性があります。
それと、『人として価値がない』と思ってしまうのは“自尊感情”というか、“自己重要感”が低い証拠です。
本来、人はそのままで価値のある存在です。
それが、『〜できない自分は価値がない』とか『〜しない自分は価値がない』と思ってしまうということは、『大切にされたい人から大切にされなかった』という経験や、『大切な人から自分の価値を否定されるようなことをされた』という経験がそうさせているのです。
以上のことから推察されるのは、渡部さんはもっとも大切にされたい人、つまり親との間に何か、深刻なトラブルを抱えてらっしゃるのではないでしょうか?」
「参りました。はなゑさんにはすべてがお見通しなんですね。
その通りです。
私は幼少期に父親から、かなりひどい虐待を受けていました。
殴る蹴るは日常茶飯事で、寒い夜に表に放り出されたり、食事を与えてもらえないこともありました。
母は父に逆らうことができず、見て見ぬ振りをしていたように思います。
何度か父の暴力が原因で病院にいったときも、母は世間体を気にしてか、『病院の先生には自転車で転んだって言うのよ』とか『階段から落ちたって言いなさい』と言われました。
下に妹がいるのですが、父は妹には一切、手をあげることはなかったんです。
父は小学校の先生をしていて、私が中学に上がる頃には校長になり、今は県の教育委員長をしています。
子供達からも慕われていたようで、毎年、かなりの数の年賀状が来ています。
そんな、周りからの人望もある父ですから、必然的に私は自分のことを責めました。
それで、必死で父の意に沿うようにというか、極端に言えば怒られないように生きてきたように思います」
渡部は、今まで親友にも、妻にも言えなかったことを、初対面のはなゑにこれだけ正直に話している自分に驚いた。
それは、はなゑの“話の振り方がうまい”ということもあるが、「この人の前では正直に、なんでも話していいだよ」と思わせる“安らぎ”や“優しさ”や“安心”をはなゑが醸し出しているからではないかと渡部は思った。
つづく・・・