登園できなくなった女の子

先日、ふと目にしたネットニュースに保育園に登園できなくなった女の子の話が取り上げられていました。

 

同じクラスの男の子に猛烈アタックされ続けたストレスが原因とのこと。

 

繊細な女の子が、押しの強い男の子に、無理やりボディタッチされることで、どれほどの嫌悪感と恐怖に襲われ続けたことか…想像するだけで胸が痛みます。

 

 

保育の在り方がどうこうというおこがましいことを言いたいのではありません。

 

男の子が悪いということでもありません。

 

「そんなにヤワじゃあ、これから社会でやっていけない」

そんなコメントを見て心がざわついたのです。

 

繊細な子どもは「イヤだ」ということも、逃げることもできないのです。

 

限界まで、我慢に我慢を重ねた結果、ついに登園できなくなったのだと思います。

 

きっと、そうしないと心が壊れてしまうところまで追い込まれていたのでしょう。

 

「子どもは揉まれないと強くならない」

というのは大人の勝手な都合であり、化石化した昭和の根性論に過ぎません。

 

「トラウマを乗り越えたことで、成長することができた」

というのは結果論であり、最初から傷つくことが必然ではない筈です。

 

オーラソーマの創始者ヴィッキー・ウォールは継母からの虐待に耐えかね、家出をし、苦難を経て、バランス(イクイリブリアム)ボトルの誕生に辿り着きます。

 

 

晩年の彼女は、虐待を受けた経験さえ、感謝していると言っていました。

 

けれど、継母の虐待は天の計画ではなかったと私は感じています。

 

幼い子どもに対する暴力は、人間の自由意志の誤用に過ぎません。

 

そこに意味や必然が存在する余地はありません。

 

継母からの虐待に意味を持たせたのは、ヴィッキー・ウォール自身の器の大きさのなせる業です。

 

  荒波に揉まれるのなんて、大人になってからでいい!

社会で揉まれて強くなるのなんて、せいぜい義務教育終了後でじゅうぶん。

 

少なくとも7歳までの子どもには、「この世は善であり、安心して生きられる場所」という基盤を作ってあげるのが大人の役割です。

 

その基盤があってこそ、大人になって、困難に遭っても、しなやかでいられる力を発揮することができるのではないでしょうか。

 

子どもの時に負った心の傷が可能性を閉じ込めてしまう様子をたくさん見てきました。

 

もちろん私自身もそうでした。

 

今では、それもまた霊的筋力を強くするために、役立ったと思うことができます。

 

けれど、その経験がどうしても必要だったとは、全く思いません。

 

シュタイナーの『ルカ福音書講義録』には、このように書かれた箇所があります。

「ある子どもを、たんに思考力に秀でているだけでなく、想像力豊かな芸術家になるような特別の才能のある人間に育て上げようとするなら、まず第一に、六歳か七歳のときから、ほかの子どもたちが学校で学ぶような学科から、できるだけ隔離するのです。

子どもはできるだけ長いあいだ、子どもらしい環境に身を置く必要があります」

 

 

「子どもらしい環境」とは何でしょうか?

 

安全で守られている

安心していられる

好奇心に正直でいられる

自分で遊びを作り出せる

失敗しても許される

 

そんな環境なのかもしれません。

 

繊細な子どもたちが、できるだけ心に傷を負わないで大人になってほしい。

 

そんな環境を作っていきたい。

 

それを切に願っています。

 

木シルフェ木

オパーリングリーン阿部小百合ルチノー

 

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