人生の予定をきっちり管理しようとするのをやめた瞬間、愛知県に住んでいた私は、なぜか愛媛県に住むことになっていた。
もともとは2026年の夏に東京へ引っ越して、自分の活動の幅を広げるつもりだったのに、人間の計算なんて本当にあてにならない。
今、私の目の前には、手も足も動かないのに60人のスタッフを率いて世界と日本中を飛び回っている男、しげちゃんがいる。
突然の失恋カミングアウトと、私のフリーズ
しげちゃんとの出会いは、2025年12月に出場したホノルルマラソンだった。
同じ10kmコースを、彼は電動車椅子、私は徒歩で進むことになった。
当時の私たちの共通点は「日本人であること」と「ホノルルマラソンが初出場であること」の二つだけだ。
最初は何を喋っていいのかも分からず、大して会話をした記憶もない。
しかし、彼が泊まっているホテルに遊びに行った時、事件は起きた。
綺麗な夕陽が海に沈んでいく、いかにもロマンチックな雰囲気が漂う空間で、しげちゃんはいきなり私に向かってこう言ったのだ。
「実はさ、11年付き合ってた人と別れたんだよね」
初対面に近い私に対して、突然の失恋カミングアウトである。私は完全にフリーズした。
どう反応するのが正解なのか、全くわからなかったからだ。
彼は私から慰めの言葉が欲しいのだろうか。それとも「次の出会いがあるよ」と励ましてほしいのだろうか。
下手に口を開いて相手を傷つけるのも嫌だし、かといってスルーするわけにもいかない。
頭の中で選択肢を高速で回した結果、私の口から出たのは完全な無言だった。
当のしげちゃんは、そんな私の困惑をよそに、ずっとヘラヘラと笑っていた。
そのときの私は、「きっとこの笑顔の裏には、11年という歳月の重みと、言葉にできない深い悲しみが隠されているに違いない。彼は傷つきながらも、強がって笑っているのだ」と、彼の心理の裏を深く読みすぎていた。
しかし、今ならはっきりとわかる。あのときの彼は、裏も表もなく、ただ単純にヘラヘラしていただけだ。
私のあの真面目に考え込んだエネルギーと時間を、今すぐ返してほしいと心の底から思っている。
ただ、この唐突すぎるカミングアウトのおかげで、私たちの間の心の距離が少しだけ近づいたのも事実だった。
なぜ私は、初対面の男を尋問したのか
10kmを無事にゴールした後、私たちはスタバでお茶をすることになり、そこで初めて二人きりになった。
共通の趣味も会話のネタもない私は、手っ取り早く場を繋ぐために、ホテルでの失恋話を思い切って引っ張り出してきた。
すると、しげちゃんは会話の端々に「いやあ、寂しい」「本当に寂しい」と、その言葉を何度も何度も連呼し始めたのだ。
それを聞いているうちに、私の心の中にふつふつとイライラが湧き上がってきた。
「何が寂しいの? どういうふうに寂しいの? 何に対して寂しいと言っているの?」
私は、物事や感情を深く掘り下げて考えることが三度の飯より好き。
人間の内面というのは、そんなに単純な一言で片付けられるものではないはずだ。それなのに、自分の複雑な状態に向き合うことを放棄して、「寂しい」というたった一つの便利なカテゴリにすべてを放り込み、ただ言葉を連呼している彼の姿に我慢がならなかった。
「もっと自分の頭で考えろ!」という気持ちが抑えきれなくなり、私は彼に対して色んな角度から質問責めを開始した。
初対面の男をスタバで尋問する女。客観的に見ればかなりの地獄絵図である。
私のように物事を細かく考える面倒くさい人間はそうそういないので、しげちゃんは確実に困惑していたし、返答に詰まっていた。
けれど、この容赦のない質問責めこそが、日本に帰ってからさらに二人の距離を縮めるきっかけになったのだから、本当に人生は何が起こるかわからない。
首の骨を折った男の、壮絶な過去
ここで、しげちゃんという男の過去について、私が聞いた事実を書いておきたい。 彼は今から25年前、22歳のときに車の交通事故に遭い、首の骨を折って頸髄損傷になった。 この事故の経緯を初めて彼から聞いたとき、私は強い怒りを感じたし、ものすごく複雑な気持ちになった。
当時、しげちゃんはそこまで仲が良いわけではない、ただの知り合いくらいの関係性の人が運転する車の助手席に乗っていた。
車が急カーブに差し掛かった瞬間、しげちゃんは助手席の窓から外へ放り出されてしまったのだ。
信じられないのはここからで、その車を運転していた人物は、事故の事実を隠蔽しようと、警察や周囲にバレないようにあの手この手で車を別の場所に隠し、嘘の証言を何度も繰り返したという。本当にドラマに出てくる悪役そのものの行動である。
さらに、そこへ別の悲劇が重なる。
しげちゃんには、その運転手とは全く別で、別の車に乗っていた本当に仲の良い友人たちがいた。
彼らは、窓から放り出されて地面に倒れ、意識が朦朧(もうろう)としているしげちゃんを発見した。
友人たちはパニックになり、「なんとかしげちゃんの目を覚まさせなきゃいけない!」と必死になった。
そして、彼に対する強い愛情を込めて、彼の頬を何度も何度も、往復ビンタで強く叩いたらしい。
しかし、その目を覚まさせるための必死の対応が、折れていた首の骨の損傷をさらに悪化させてしまったのだ。
友人たちに悪気は一切なかった。ただ気が動転していて、若すぎて、よかれと思ってやった行動が、結果的に彼の体に決定的なダメージを与えてしまったという悲劇につながった。
このエピソードを知った時、私は人間のやるせなさと、運命の不条理さに頭がクラクラした。
コントロールを手放すと、予想外の景色が見える
そんな壮絶な過去を経て、現在のしげちゃんは肩から下が動かない。
けれど、かろうじて動かせる左手を使って、電動車椅子を信じられないほど軽やかに運転して生活している。
日本に帰国してからしばらくして、彼から私にある依頼が届いた。
実は、しげちゃんは自分の半生をまとめた本を出版しようとしており、ライターに依頼して原稿を書いてもらっていたらしい。
しかし、出来上がってきた原稿は単なる事実が羅列されているだけで、彼が本当に伝えたい内面が全く表現されておらず、納得がいかないまま1年間も作業が止まっていたという。
そこで彼は、ハワイのスタバで私に質問責めにされたことを思い出したのだ。
「あのときの尋問のおかげで、自分自身を深く掘り下げることができた。だから、僕と一緒に本を作ってほしい」と。
こうして私は、彼の本の出版に向けた伴走であり、プロデュースを引き受けることになった。
しげちゃんは「CIL星空」という自立生活センターの代表でもあり、経営者でもある。
スケジュールは常に分刻みで多忙を極めており、オンラインで打ち合わせのミーティング時間を確保するだけでも予定はカツカツだった。
そこでしげちゃんから、「僕の全国への出張についてきてほしい。移動時間にヒアリングをして深掘りをすればいいし、僕の実際の仕事風景を肌で感じて、それを執筆に活かしてほしい」という提案があった。
私は、仕事という名目で色んな場所へ行けるなんてラッキーだし、最高だと思い、即座にその提案に乗った。
この同行が決まってから、私たちは1週間に一度は確実に顔を合わせるようになった。
移動中の空間で、彼の人生の深い話や本音をじっくりと聞き、連絡も頻繁にとり合うようになった。そうして時間を共有していくうちに、いつの間にかビジネスの関係を超えた感情が互いに生まれていった。
私はもともと、2026年の夏に地元の愛知県から、東京へ引っ越す計画を立てていた。
自分の活動を広げたかったからだ。
しかし、人生がどう転がるかは本当に予測できない。
出会ってからわずか数ヶ月。とんとん拍子というか、完全にジェットコースターに乗せられて、頭で色々と考える前に、心がカチッと動いてしまった結果、私は今、しげちゃんが暮らす、愛媛県松山市という縁もゆかりもない土地にいる。
自分の人生を自分の頭でコントロールしようとするのを手放すと、世界は自分が予想もしていなかった面白い場所に連れていってくれるのだと身をもって知った。
五体満足であること以上に、大切なもの
愛媛での生活が始まってから、しげちゃんによく質問されることがある。
「手も足も動かない僕と、なんで一緒にいてくれるの?本当にいいの?」
彼は少し心配そうな、申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
そのたびに、私は自分の考え方が世間一般の基準からズレているのだろうかと考えてしまう。
私にとって、誰かと一緒に生きていく、あるいはパートナーとして付き合っていく上で、相手の手足が動くかどうかは、本当にどうでもいいことだからだ。
この世の中の道路や建物や仕組みが、「手足が自由に動く多数派の人」にとって便利になるように作られているだけの話であって、
私としげちゃんという個人の関係性の間に、彼の手足が動かないことが問題になる理由がどこにあるのだろうか。
そりゃあ、今の社会の仕様のせいで、生活する上での不便なことや面倒な手続きはたくさんあると思う。
そういう世の中なんだから仕方がない。
だけど、不便であることと、彼と一緒にいることが嫌になることは、私の中で完全に別の話だ。
手足が動いていても、不便なことや思い通りにいかないことなんてたくさんあるのだから。
自分の話をすれば、私は文章ではこうして偉そうにズバズバと意見を書いているけれど、実際の人間関係では信じられないくらい周りの顔色を窺って生きている。
空気を読みすぎて疲れるし、そのせいで自分の本音を言えずにグッと飲み込んでしまうことばかりだ。
人混みが大の苦手で、外に出るだけですぐに疲れてしまう。
人とコミュニケーションをとること自体は嫌いではないけれど、心から好きだと思える人は本当に限られていて、基本的には苦手だと感じる人の方が多い。
だから、本音を言えばなるべく人と関わらずに静かに生きていたいと思っている、強度のHSP気質だ。
そんなめんどくさい私から見れば、手も足も動かないという大きな制限を抱えながら、会社を経営し、60人ものスタッフのトップに立って組織をまとめ、世界と日本中を飛び回って、関わる人をものすごく大切にしているしげちゃんの姿は、純粋にかっこいいし、尊敬している。
世の中には、五体満足で何不自由なく動ける体を持っていながら、自分の今の環境や仕事に不満を垂れ流し、言い訳ばかりして何一つ行動を起こさない人が大勢いる。
しげちゃんは手足が動かないという「ハードウェア」の制限に文句を言うのではなく、「今の自分の状況から、やりたい望みを叶えるためにどう動くか」を常に考えて実践している。そんな彼と一緒にいる方が、圧倒的に刺激的で楽しいのだ。
しげちゃんは、私の顔を見て「僕なんかでいいの?」と不安そうに聞いてくる。
そのたびに、私は言葉には出さず、心の中で全く同じセリフを彼に投げかけている。
「私なんかでいいの?」と。
私たちは、お互いに相手の状況に驚き、自分の不器用さに呆れながらも、この予想外の今この瞬間を、ただただ楽しんでいる。
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ここは私が、飾らない言葉で記録する場所です。
ただ、私が「今、本当は何を考えているのか」を
自分自身で確かめるための、個人的な記録です。
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■メルマガ「箸が転んでも」■
SNSの華やかな表面だけでは伝えきれない
「言葉の裏側」や、
私が日々クライアントの本質に潜り、
磨き上げている思考のプロセスや、
ちゃんとしていない私を曝け出している姿を
メルマガで赤裸々に綴っています。
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