今、私は「しげちゃん」こと
井谷重人さんの出版プロデュースに、
没頭しています。
自分でするを捨て、自分で決める。
という自律を伝えるしげちゃん。
彼は2006年の事故で
首から下の自由を失いました。
以前は「一人でできること」を増やすのが
自立だと信じていましたが、
今は違います。
「たとえ誰かの手を借りても、
自分の意志で選び、
その結果に責任を持つなら、
それは自分の人生だ」と彼は断言します。
現在は国内外で障がい者の自立を支援し、
自分の人生のハンドルを
他人に渡さない大切さを伝えています。
身体は不自由でも、
誰よりも自由な意志で生きる姿は、
本当に素敵だし、多くの人の選択肢、
世界を広げています。
私が今向き合っているのは、
世間一般に流通しているような
「障害を乗り越えた、
立派な社長のサクセスストーリー」
ではありません。
そんなものは、AIに
「それっぽく書いて」と指示すれば
10秒で出力される。
私がやっているのは、
もっと生々しくて、光も闇もあって
私にとって震えるほど美しく
楽しい作業です。
それは、しげちゃんという人間に、
深く深く潜って掘り起こすこと。
対話を重ねる中で、
「社長としての正解」や
「模範的な答え」の
裏側に隠されている、
彼自身も無意識に蓋をしていたような
心の奥底にある真実を、
対話によって見つけ出し、
一つひとつ形にしていく。
その作業は、苦しかったり、辛かったり、
でも話してもらう中で、自分自身が
愛おしいものにもなっていきます。
対話からエッセンスを抽出し、
私がリールの原稿や本の一部を書き上げ、
しげちゃんに納品する。
すると、しげちゃんは毎回、
感動して言葉を失ってくれます。
そうメッセージをもらうたびに、
私はクリエイターとして
この上ない喜びに包まれるし、
めちゃくちゃホッとしています。
けれど、ここで私が
一番強く感じているのは
「私の文章がすごい」
ということではないんです。
私が形にしている言葉の核は、
しげちゃんがこれまで命を懸けて
生きてきた時間や、
言葉にならない悔しさ、
誰にも言えなかった孤独から生まれています。
私はただ、彼が差し出してくれた
言葉になるのを待っていた、
まっすぐな気持ちを、
私のフィルターを通して磨き、
届けたい人に伝わる形に
翻訳しているだけなのです。
私は彼という人間を丸ごと受け止めて、
彼が自分でも気づいていないような
細かな本音を丁寧に拾い上げています。
その理解の精度をどこまでも
高めていくことこそが、
私の今の役割だと思っています。
以前、別府までしげちゃんの出張に
「ただついて行った」話をしました。
今の時代、オンラインで
効率よくヒアリングして、
録音データを文字起こしすれば、
本は作れてしまうと思っています。
でも、それではしげちゃんという人間の体温が、
文章に乗らないのです。
私は、彼の車椅子をスタッフが押す時の、
信頼の重みが見たかった。
彼が焼肉屋で焼肉を食べず、
焼きそばを食べながら、
ふとした瞬間に出てくる言葉や、
スタッフとの会話のやり取りの
雰囲気を知りたかった。
朝6時まで一緒にハイボールを飲み明かし、
理性が溶け出した先でポロッと漏れる本音を、
拾い上げたかった。
そこまでして初めて、
私はしげちゃんの言葉を
叩き出すことができる。
しげちゃんを知らずに、
知ったような感じで
しげちゃんを伝えることなんて
できないから。
効率やコスパといった概念からは、
一番遠い場所にあります。
でもここまでしたからこそ
私自身がしげちゃんの原稿を書きながら、
泣いてしまうんです。
私が一番最初に感動し、
一番最初に救われている。
本当に心から楽しくて心が震える仕事が、
私の人生に現れてくれたことが
奇跡のようです。
仕事なのか、遊びなのか分からないくらい
楽しい仕事をしたいと
心から叫んでいた夢は、
今、ここにあります。
しげちゃんが本を通じて伝えようとしている
「自律(自立)」というテーマ。
リハビリをして、
体が動くようになることではありません。
「自分で選択し、
自分の人生を生きること」です。
全介助の彼が語るその言葉は、
五体満足なのに、
他人の目ばかり気にして、
ランチのメニューすら
「お得な方」で決めてしまう、
6年前私の心に深く突き刺さりました。
今、私が作っている原稿には、
しげちゃんのかっこよさだけでなく、
彼の脆さや弱さ、そして裏テーマである
他界された母親への想いも
全部詰め込んでいます。
しげちゃんと私が、妥協を許さず、
どこまでも深く向き合い、
笑って、泣いて、
ハイボールを飲んで作った言葉。
単なる読み物を超えて、
読む人の人生を揺さぶる作品になると
確信しています。
しげちゃんとのやり取りは、
私に表現することの根源的な喜びを
思い出させてくれました。
私が形にすることで、
相手が自分の価値に気づき、
言葉にならない感動に包まれる。
その循環の中にいられることが、
今の私の誇りで喜びで、
めちゃくちゃ幸せです。
誰かの本質を見抜き、
最高に美しい形で世に放つ。
私はこれからも、この感覚と感受性と
目と指先を使って、心の震えを
言葉に変換し続けていきます。
■メルマガ「箸が転んでも」■
SNSの華やかな表面だけでは伝えきれない
「言葉の裏側」や、
私が日々クライアントの本質に潜り、
磨き上げている思考のプロセスや、
ちゃんとしていない私を曝け出している姿を
メルマガで赤裸々に綴っています。







