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​こんにちは。
やすよ(冨田恭代)です!
 

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私には、世界が少しだけ、
違って見えている。たぶん。

 

 

目の前にある色が
「ピンク」という色に
カテゴリ分けされているということが、
自信を持って言えない。

 

 

その分類ができない自分を、
ずっと「おかしい」と、恥じている。

 

 

私は色弱で、色の識別が難しい。

 

 

仕事中とか、同僚に
「そこに置いてある、ベージュの紙とって!」
など、色で指定されると、
何が何だかわからなくなる。

 

 

にも関わらず、
どうしても美容部員がやりたくて
その旨を伝えた上で、臨んだこともある。

 

 

やってみたら、なんとかできるもんだった。

色の識別はよくわかってはいなかったけど、
初めて色を覚える感覚でやっていたから、
自分の中の方程式に当てはめて、
やり過ごしていた。

 

 

色は、見える。
はっきりと。

 

 

ただ、その見えている色が、
世の中の人が言う
「グレー」なのか、「ベージュ」なのか、
そのカテゴリのどれに属するのかが、
わからない。

 

 

洋服を買いに行っても、
「くすみピンク」と
「モカベージュ」の違いを力説されても、
私の目には、キレイな名前のない
グラデーションとして映るだけ。

それぞれ違う色ということは
分かる。

 

 

けど、違いが分かるだけで
何色か(カテゴリ)がわからない。

だから、気の知れた家族や友人には
「これは何色なの?」
と、聞く。

 

 

その答えに、毎回驚かされる。

自分が認識している色と
全然違うから。

 

 

みんなが当たり前に持っている
「色の物差し」を、私だけが持っていない。

 

 

そのことに、
ずっと劣等感を抱いてきた。

 

 

「正解」の箱に、
自分を入れられない感覚。

当たり前にわからない私は
仲間はずれにされたような、疎外感。

 

 

そして気づいたのは、
この感覚は、色の話だけじゃない。

 


私の人生そのものじゃないか、
ということ。

 

 

「ちゃんとした社会人」
「自立した女性」
「良きパートナー」
「聞き分けのいい、大人」
「優しいお母さん」

 

 

世の中には、
たくさんの生き方の
「カテゴリ」がある。

 

 

そして誰もが、そのどれかに
自分を当てはめようとする。

 

 

でも、私は、
そのどれにも、しっくりこない。

 

 

心を殺して
会社員をしていたと思えば、
衝動的に辞めてケーキ屋で働き出す。

 

 

自分のサービスで
生きていこうと決意したかと思えば、
生活のために理不尽な厨房にも立つ。

 

 

誰かを必死で支えたいと願う
「与える人」でありながら、
誰よりも「一人になりたい」と叫ぶ、
そんな人間。

 

 

私の人生は、
いつもチグハグ。

どのカテゴリにも、
綺麗に収まることがない。

 

 

そんな自分を
「おかしい」「恥ずかしい」
と思っていた。

 

 

みんなとズレている、
色の名前を言えない
自分と同じように。

 

 

でもふと思った。

もしかしたらおかしいのは、
私の方じゃないのかもしれない。

 

 

世の中は、複雑で、
無限の色で満ちている。

 

 

それなのに、
人間はたった数十個の名前(カテゴリ)で、
そのすべてを分類しようとする。

そこに、無理があるんじゃないのか。

 

 

私が「ピンク」という名前を
自信を持って言えないのは、
私の目には、
「桜の花びらのようでもあり、
夕暮れの空のようでもある、
可愛くもあり、美しい色」
そのものが見えているから。

 

 

「ピンク」という
分かりやすいラベル。

どこからどこまでが
ピンクなのか。

本当にわからない。

 

 

その「わからない」という感覚が、
ずっと怖かった。

 

 

みんなが当たり前に持っている共通の地図を、
私だけが持っていないような。

 

 

だから必死で、知ったかぶりをしたり、
分かったフリをして、やり過ごしてきた。

 

 

私がこの「色の名前がわからない」ことを、
こんなにもネガティブに捉えてしまうのは、
なぜだろう。

 

 

もしかしたら、私自身がまだ、
世の中の「正解」や「普通」

という名の箱に、
必死で収まろうとしているのではないのか。

 

 

色の名前を言えないこと自体が
問題なのではなく、
「言えない自分はおかしい」

と思い込んでしまう、
私のその心が、私を苦しめているだろうな。

 

 

生き方も、きっと同じで。

「ちゃんとした社会人」や
「聞き分けのいい大人」という箱。

その箱に綺麗に収まれない自分を、
私はずっと恥じてきた。

 

 

でも、それは本当に
「間違い」なのか。

 

 

私のこの目は、他の人より
優れているわけじゃない。

 

 

ただ、違うだけ。

 

 

そして、その違いを、
もう無理に「普通」の物差しで測るのは、
やめにしようと思う。

 

 

名前のない色を、名前のないまま、
カテゴリのない生き方を、
カテゴリのないままで。

 

 

それが、ようやく私が見つけ出した、
というか、

受け入れられるようになってきた、
枠や型に収まることができない私にとっての、
自由の始まり。

 

 

 

 

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メンバーシップでは
誰かの顔色を窺うのをやめ、
「品よく、傲慢に」

生きることを決めた私の、
頭の中を垂れ流しています。

 


フワフワした嘘くさい「幸せ」ではなく
喉が焼けるような、

本音という名の真実を
傷口をさらに開き、

自分の傷を見ながら、
この切り口の深さは…

あいつのあの言葉が原因か。

 


そして血の色が黒いのは、
私の過去のトラウマが

反応しているからだな。

 


と、自分自身を手術台に乗せて、
冷静にメスを入れています。

 


血まみれになりながら
痛みの正体はこれだったよ! 

怖くないよ!
と面白おかしく、

怒り狂いながら伝えています。

 


私が好むのは、表面的な優しさよりも、
核心を突く本質的な毒。

 


世の中の違和感にツッコミを入れ、
くだらないことで高笑いし、

ドロドロした悩みさえも
最高のネタとして昇華します。

 


きれいごとは、ゴミ箱へ。
「普通」という枠を蹴り飛ばして、
面白おかしく生きたい仲間を

お待ちしています。

 

 

 

 

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