私の口癖。
「ありがとう」でも、
「愛してる」でもありません。
たぶん、人生で一番多く
口にしている言葉。
それは、「めんどくさい」です。
朝、ベッドから出るのが、めんどくさい。
何食べるのか考えるのが、めんどくさい。
約束の、待ち合わせ時間通りに行くことが
もう、途方もなく、めんどくさい。
口では、そう言っています。
本心から。
「やりたくないな」
「誰か代わりにやってくれないかな」と、
心底うんざりしている。
……にも関わらず。
気づけば、私の指は、
新しいブログ記事のタイトルを打ち込んでいる。
気づけば、私の手は、
新しいサービスのプロフィール制作のための
リサーチを始めている。
気づけば、私の指は、
新しい動画を作り始めている。
口ではあれだけ
「めんどくさい」を連呼していたのに。
体は、まったく言うことを聞かずに、
勝手にそれを「始めて」しまっている。
言動と行動が全く一致しない、このループ。
一体、何なのだろうか。
長年、私はこの癖を、
自分の「怠惰さ」や
「意志の弱さ」だと思っていました。
「本当にやりたいことなら、
めんどくさいなんて思わないはずだ」
「情熱が足りないから、
そう感じてしまうんだ」
そうやって、自分を責めてきました。
でも、最近、分かってきたんです。
私が「めんどくさい」と感じる時、
それは、決して「どうでもいい」と
思っているわけではない、ということに。
むしろ、逆。
「どうでもよくない、
めちゃくちゃ大事なことだからこそ、
めんどくさい」んです。
本当にどうでもいいことなら、
私たちは、そもそも「めんどくさい」
とすら感じないと思うんです。
何も考えずに、
やるか、やらないか、決めるだけ。
そこに、感情の揺れはほとんどないはず。
けど、
「この人の物語を、最高に輝かせたい」
「このブログ記事で、誰かの心を動かしたい」
「この動画を見て、喜んでもらいたい」
そうやって、無意識に、
自分の中でその物事への期待値とハードルを、
エベレスト級に設定してしまっているんです。
その頂上までの、
果てしない道のりを想像した瞬間に、
脳が「うわ、これ、めっちゃ大変なやつじゃん…」
と、全力で警報を鳴らす。
それが、私の
「めんどくさい」の正体なんです。
それは、怠惰さの証明ではありません。
むしろ、
これからやろうとすることに対する、
ものすごく誠実で、真剣な気持ちの、
裏返しなんです。
もう一つの理由は、
私の脳が、高性能すぎるシミュレーターを
搭載していることにあります。
「よし、新しいサービスを考えよう」
そう思った瞬間、私の頭の中では、
もう、そのサービスの企画書から、
ターゲット設定、集客方法、
価格設定、納品までの全工程が
0.2秒でシミュレーションされるのです。
「ああ、ペルソナ設定、ここで絶対悩むな…」
「集客用のブログ、最低10本は書かないと…」
「クライアントさんとの打ち合わせ、
きっとあの手の質問が来て、
うまく答えられないかもしれない…」
「納品後の修正依頼、絶対来るよな…」
まだ、一歩も踏み出していないのに。
私の脳内では、
もう、プロジェクトの全工程を走り抜け、
ゴールテープを切った後の、
あの疲労困憊の状態まで、
完璧に再現されてしまう。
体はまだスタートラインにいるのに、
魂だけが、フルマラソンを3回完走している。
そんな状態になれば、
そりゃあ、誰だって「めんどくさい」
と感じるに決まっています。
これは、HSP気質の人によくある
「深く考えすぎる」という特性なのかもしれません。
始める前に、
あらゆるリスクと可能性を考え抜いてしまう。
だから、始める前から、疲れてしまう。
なぜ、あれだけ「めんどくさい」と感じたことを、
気づけばまた始めてしまうのか。
それは、内側にある
「やりたい!」という衝動が、
脳が作り出した「めんどくさい」
という防衛本能よりも、
ほんの少しだけ、強いからだと思います。
「めんどくさい、やりたくない」
という力で自分を押さえつけるほど、
「でも、やっぱりやりたい!」
という反発力が、どこかでそれを上回ってしまう。
その衝動は、
誰かに褒められたいとか、
お金を稼ぎたいとか、
そういう理由とは違って、
もっと本質的な所からやってくる気がします。
「これを、形にせずにはいられない」
「この物語を、伝えずにはいられない」
「この感覚を、味わわずには死ねない」
そんな、ほとんど本能に近い感覚です。
何かを始めようとしていて、
「ああ、めんどくさいな」と感じるなら
これからやろうとしていることに、
「本気」であることの、何よりの証明だと思います。
このブログ記事を書くのも
正直、まぁまぁ「めんどくさかった」。
改行する場所を選ぶことがめんどくさい。
文字の位置を揃えることがめんどくさい。
思考が速すぎて手が追いつかないことがめんどくさい。
少しでも「私も!私のことだ!」と感じてくれたのなら、
本音を伝えてよかったと心から思います。
趣味は「人間」を観察することです。
たまに、私を楽しませてくれる周りの人々への、
少し意地悪な視線にもなります。
その視線は
鋭く自分自身の内側へと
向かうことがほとんどです。
「なぜ、私はあの時、
笑ってごまかしたんだろう?」
「HSP気質の私が、
この社会で心地よく生きるには?」
そんな私の「人間観察ノート」そのものや、
外の世界の「おかしさ」と、
私の内なる世界の「厄介さ」。
その両方を、包み隠さずメルマガでお届けしてます。
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