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​こんにちは。
やすよ(冨田恭代)です!
 

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世の中には、二種類の人間がいるらしい。 

 

ガチガチに固められたルールとマニュアルの中に

「安心」を見出す人と、その中で息ができなくなって、

窒息死しそうになる人。

 

ご想像の通り、私は、後者だ。

 

 

つい先日、私は派遣で、

とある百貨店のレジに立っていた。

 

 たったの、1ヶ月。 

でも、私にとっては永遠にも感じられた、

あの濃厚で、息苦しくて、

そして今となっては少し笑える、

地獄のような1ヶ月間の記録を、

ここに記しておきたい。

 

これは、忍耐力がないと自分を責め続けてきた私が、

ついに「いやなもんはいや!」と、

心のど真ん中で叫べるようになるまでの、

小さくて、でもとても大きな戦いの物語だった。

 

 

そこは、謎のルールに支配された世界だった

百貨店のレジ。 

一見、簡単そうに見えるその仕事は、

私の想像をはるかに超える、

理解し難いルールに満ち溢れていた。

 

 そこは、個人のスキルや経験が、

一切意味をなさない世界だった。

 

すべては、従業員通路にベタベタと張り出されている、

分厚いマニュアルに書かれた

「型」通りに遂行されなければならなかった。

 

 

例えば、お釣りを渡す時。 

レジは最新式で、お金はすべて自動で出てくる。

 

なのに、私たちは、その出てきたお札と小銭を、

金額の大きい順に一枚一枚丁寧に、

指で取って数えなければならない。

小銭も、だ。

 

999円なんていうお釣りができてきた時には、

絶望しかない。

 

ガサッと出てきた受け口から、

500円玉、100円玉、50円玉、10円玉…と、

人差し指でかき分けて探さなければならないのだ。 

 

なぜなんだ。機械を信用していないのか。

だったらこんな機械、捨ててしまえ。

 

そして、極め付けは、

レシートを渡す時の作法。 

 

「〇〇円、お預かりしました『ので』」

 この、「で」を発音する瞬間に、

寸分の狂いもなく、

人差し指でレシートの合計金額を指し示さなければならない。 

 

「で」のタイミングが0.5秒でもずれようものなら、

後ろに立っている教育係の先輩が、

すかさず「今の、『で』、ズレてます」と、

小声で囁くのだ。

 

ポイントカードの有無を聞くタイミングも、

お釣りを渡す順番も、

精算用のカゴを準備するタイミングも、

すべてが決められている。

 

 

私は、ケータイ販売員として12年間、

接客の最前線で戦ってきた。

 

お客さんの心を開かせ、

信頼関係を築くための

「接客グランプリ」にだって出場したことがある。

 

敬語には、それなりの自信があったし、

お客さんを笑顔にさせるのは、

得意中の得意だった。 

 

しかし、この百貨店では、

私の12年間は、無に等しかった。

 

私が正しいと思って使っていた敬語は、

「それは、うちのルールとは違います」と、

ことごとく訂正された。 

 

例えば「かしこまりました」は、

「承知いたしました」に。

 

「恐れ入ります」は、

「申し訳ございません」に。

 

 文法的には間違っていない。

でも、ダメなのだ。 

 

なぜなら、それが「百貨店のルール」だから。 

 

私の個性も、経験も、気遣いも、そこでは一切不要。

 

私はただ、マニュアルを

寸分の狂いもなく再生する、

一台のロボットであることを、

求められているように感じてしまった。

 

荒れ狂う心と、静かな顔

毎日が、息継ぎのできない

水槽の中にいるようだった。

 

 仕事が終わって家に帰っても、

頭の中は、あの息の詰まる職場のことで

いっぱいになる。

 

考えたくもないのに、

ふとした瞬間に、先輩の

「『で』のタイミングが…」という声が、

フラッシュバックする。

 

昔の私なら、きっとこう思っていた。 

「私がダメなんだ」 

「なんで、こんな簡単なこともできないんだろう」 

「みんなやっているんだから、我慢しなきゃ」

 

 そうやって、また自分を責め、

沸騰して吹きこぼれそうな感情の鍋の蓋を

必死で押さえつけ、

普通のフリをして適応しようと

努力していたはずだ。

 

いや、全くそうならなかった、

というのは嘘になる。 

 

実際、私の内側はとんでもなく荒れ狂っていた。

 

 「私の感覚がおかしいのか?」

「考えが甘いのか?」

「我慢できない私は怠け者なのか?」

 

 自分を責める声と、もう一人の自分が

 

「いや、どう考えても、おかしいだろ、これ」

と叫ぶ声。 

 

その二つの声が、毎日毎瞬、

押しては返す波のように、

私の中で激しくぶつかり合っていた。

 

 楽しそうに仕事をしているフリをしながら、

心の中は嵐のよう。

 

ただ、その感情の波にのまれてしまわないように、

心を「無」にすることに必死だった。

 

それは、父が支配していた、

あの家の空気によく似ていた。 

 

父の決めたルールが、すべて。

 

 私の感情や意見は、一切考慮されない。 

 

ただ、父の機嫌という名の「正しさ」に、

自分を合わせるしかなかった、

あの頃の息苦しさ。 

 

私は、地獄の百貨店のレジカウンターで、

子供時代の自分と再会していたのだ。

 

「もう、やめる」という、最高の選択

1ヶ月くらいが経とうとした日、

私は、あっさりとその仕事をやめた。 

何の未練もなかった。

 

「あんなに苦しい時間を、

よく1ヶ月も耐え抜いたな」

 我ながら、自分の我慢強さに、少しだけ驚いた。 

 

でも、それは

「たった1ヶ月」ではない。

 

私にとっては、

「1ヶ月も」だったのだ。

 

この、ルールとマニュアルに固められた世界を、

「安心だ」と感じる人も、きっといるのだろう。

 

その人たちを、否定するつもりは全くない。 

 

でも、私には、無理だった。 

 

そして、「無理なもんは、無理」と、

はっきりと思えるようになった。

 

「そう思ってもいいんだ」と、

自分に許可を出せるようにもなった。

 

昔は、こんな自分を

「忍耐力がない」「飽きっぽい」と、

ただ責めていた。 

 

でも、今は分かる。

 

私の魂が、もう二度と自分に嘘をつきたくないと、

必死に「ここは、あなたのいるべき場所じゃない」と、

教えてくれているだけなのだ。

 

息苦しい場所から、

自分の意思で立ち去れるようになったこと。

 

それは、父の支配や、会社の理不尽さに、

ただ心をすり減らすしかなかった、

あの頃の私には決してできなかった、

勇敢な選択だ。

 

だから、私はきっと、

これからも探し続けると思う。 

 

すぐに飽きて、

また次の場所へ向かうのかもしれない。

 

 周りからは、相変わらず

「定着しない人だ」と思われるかもしれない。

 

でも、それでいい。 

 

この、落ち着きのない、

めんどくさい私の性質こそが、

私なのだから。

 

そのすべてが、いつか誰かの勇気になると。

こんなんでも生きていけるんだ、

大丈夫なんだと安心してくれたら嬉しい。

 

これはこれで、楽しいし、

こんな自分でもまいっかって思えているから、

楽しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

趣味は「人間」を観察することです。

 

たまに、私を楽しませてくれる周りの人々への、

少し意地悪な視線にもなります。

 

その視線は

鋭く自分自身の内側へと

向かうことがほとんどです。

 

「なぜ、私はあの時、

笑ってごまかしたんだろう?」 

 

「HSP気質の私が、

この社会で心地よく生きるには?」

 

そんな私の「人間観察ノート」そのものや、

外の世界の「おかしさ」と、

私の内なる世界の「厄介さ」。

 

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