サインは来てる。 | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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OSHOタロットリーディング、内観、多次元的視点に関する各種講座、セッション、継続ワークをしています。
アルクトゥルスの光とアルシオンの波と共に✧

 


トップの絵はグリーン・レクイエム(Wikipedia)という新井素子さんの小説。小学校高学年か中学生か忘れたけど、グリーン・レクイエムの方を読んで(緑幻想IIは読んでいない)ずっと自分の中に残っていて忘れたことがないもの。内容がどんなのか覚えてなくても、ずっと意識の片隅に合って、ちょいちょい意識の端っこでかすっていたものです。


そういうのは魂のサインなのだと今はよく解ります。

自分の中にずっといる存在がいて、その少女(少女なのかなんなのか分からない年齢不詳だけども)から時々世界を見ているのだけれど、その瞳がものすごく綺麗なグリーンで、いつも前方を宙(そら)を見上げている姿勢。座って何を見ているのか。その少女とシンクロする度に、このグリーンレクイエムを思い出す、、というのがいつからだろうか?ありました。

自分の中で分からなさすぎると、人に話すことさえできないもので、どこかで表に出す頃には「そう言えば、、」となる。これはセッションをしていてもよく体験します。その人が魂の記憶を引き出してくる時はいつも、こういう昔からずっとあったけれど、人に話してはいなかった(というか自分でも取り上げていなかった、、)的な不思議な出し方なのです。

このグリーンの瞳の少女のような存在は、自分の中にいると認識は前からしていたので、今のことではないのですが、これが私の中のアンドロメダのエネルギーの象徴なのだろうと、そこまで深まったのは2月11日以降始まったこれらの探求の結果です。

 

 

 


もう一つ、、これを見るとアンドロメダを想起する、、というのがありました。

 

 

このカードのエネルギーに触れた時。
 


私の中のグリーンの瞳の少女の中にある「種」がこの「遊びに満ちる」の女の子みたいで。

だから「殺生丸研究」で「りん=アンドロメダの女性性」に辿り着いた時、”少女”である理由がストンと落ちました。


全てはシンクロニシティである。サインはいつも来ている。

ただそれに気づくには、あらゆるジャッジを外していく内側のお掃除をして、直感と直観を鍛えていく必要がある。

サイン探しをするとドツボにはまる。妄想的になり、現実現象とシンクロが取れないままになる。(結果に結ばれないの意)

目の前のことをジャッジを抜いて受け取っていくと、あらゆる存在の協力で導かれるものである。




2月11日のこの出来事は、

 

 

私が「嵐」=のちのシヴァ神の原型ルドラ(嵐の神、破壊の神)

こーちゃんが「アガペー(慈愛・慈悲)」=シヴァ神のシヴァ(慈悲の神)

がまさかのガチャガチャで当たるという、ある意味奇跡的なメッセージで、ここが後に、「殺生丸」に繋がったことで読み解けたのだけれど、「殺生丸」インスピレーションを受け容れて、「殺生丸」を読み解き直そうと思うことの方が、私にとってはハードルが高かったと思います。

最後の最後に、「りん」が一番のメッセージか!と思った少し前に、

昨年の10月に既にサイン来てたー!!と思い出し、、、サインっていつも降り注いでいるけど、やっぱり気づけないことだらけなんだわ~と思いました。

そもそも「犬夜叉」に触れ直すきっかけになったのは、観察講座で「そのテーマって”犬夜叉”に似た構図があるよ。」って、殺生丸ではなく主人公たちの構図で話したことがキッカケで、実家に置いていた本を貸し出した、、ということがキッカケでした。その本が返ってきたことで、こーちゃんが読みたいとそのまま自宅に持っていたからこそでした。

その時同じ講座のメンバーのおひとりである方が八百比丘尼(やおびくに)についてご自身のことからシェアしてくださって、、、それが人魚伝説の話だったから、犬夜叉の前に出版されている漫画人魚シリーズと同じじゃないか~!と思って、このタイミングでこの話上がるって何かな?と思ったら、「人魚シリーズ」の中に一冊読んでいない巻があることに気づきました。

それがこれでした。


「夜叉の瞳」、、タイトルに”夜叉”ついているし、なんか「犬夜叉」と関係があるのかと思って買ってみた。

それが10月か11月頃でした。読んだけど、「何が繋がっているのか、イマイチ分からん。しいていえば、このアイデア?」というさほどピンと来ないものでした。

でも、「夜叉の瞳」の前に一話だけある「舎利姫」という話が繋がっていたのだと「殺生丸研究」の終わりごろに気づきました。

「舎利姫」である「なつめ」という少女がりんの原型じゃないか!!と。



なつめも湧太も普通の人間ではない。湧太は人魚の肉を知らずに食べたことから死ぬことができず、この時代から現代までずっと生き続けている。なつめは中途半端に父親のエゴで命をつながされてきた年を取ることができない少女。半分妖怪みたいなもの。

なつめは湧太についていきたかったけど、法師に肝を抜かれて結局ここで土にかえってしまう。
 

 

 

なつめは、「犬夜叉」の”桔梗”と”りん”の原型のようだ。そしてそれは気づいているファンはやはり気づいていて、ググったらそういうのは出てきたけれど、昨年10月の頃は素通りでした。

「りん」と「なつめ」は普通に歳格好、髪型もかぶっていて、「人魚シリーズ」から「犬夜叉」まで好きで読み込んでいたら絶対に誰でもそう思いそうな感じ。こんな分かりやすそうなのその時は見落としていました。そういうもんなんだなぁって。

「りん」として、「犬夜叉」の話では、殺生丸によって命を繋がれ、殺生丸を慕いついていくストーリーが描かれました。この時「なつめ」では叶えてあげれなかったことを、「りん」で叶えてあげる、高橋留美子さんがそう言っているわけではないけれど、留美子さんだったらそういうことがありそうだと感じる私です。

でも、私が一番「自分こと」として面白かったのは、私は高橋留美子作品で、「湧太」は最もカッコいいと思う男性像でした。

留美子さんがそう言っている程に、このキャラは最もバランスのとれた存在だそうで、人魚シリーズは出てくる登場人物は皆かなり曲者で変だから、主人公はバランスが取れている人にする必要があったそう。

そして、「殺生丸」は目立つキャラの中で、20代の頃は最も苦手なキャラで、記憶にも乏しいくらいチャンネルを合わせづらかった存在。最初の「荒魂」しかない殺生丸のイメージが抜けないまま、「犬夜叉」自体を日常のあれこれにもまれて流し読みをするようになったため、ピントが合わせられずにいました。これは、長年、荒魂のスサノオが本気で苦手だったことの表れでした。

ところが、

「湧太」ー「なつめ」が

「殺生丸」ー「りん」だったことが分かり、

「最も好きな男性像」∞「最も苦手な男性像」の表裏構図だったとは。

今は、「殺生丸」のエネルギーを読み砕いてダウンロードしたので、最も好きな男性像と、最も苦手な男性像が統合して、どちらも光の男性像となりました。


40年以上生きている間に、こういう気づきと変化があるものなんだなと。漫画だからこそ、この発見には面白さしかありません。

 

 

 

 

 

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