前回の「ホ・オポノポノ」の記事で、「ごめんなさい・ゆるしてください・あいしています・ありがとう」というクリーニングの言葉について次に書きますとお伝えしていました。
これらの言葉をクリーニングの言葉として使う、そんな中で「実践してみて・・」「やろうと思ってやってみたけど・・」という人たちから、よくいただく質問について書きたいと思います。
まず、
ホ・オポノポノとはなんぞや?という方に、こちらの記事を読んでいただければと思います。
ホ・オポノポノ 英語で言ったとき。
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そして、ホ・オポノポノの世界を根底から本当に理解するのに、科学的にそれがどういうことなのかを書いている記事です。
ホ・オポノポノが本当に腑に落ちる量子論:1<量子の実験で>
ホ・オポノポノが本当に腑に落ちる量子論:2<量子論とホ・オポノポノの世界>
ホ・オポノポノが本当に腑に落ちる「わたしの体験:宇宙は意識」
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ホ・オポノポノは神秘的な「考え方」というようなものではなく、科学的にそうなのだ、ということが今後10年20年の間にどんどん明らかになってくるとわたしは観ています。
20年前はUFOなどなんのこっちゃ?でオカルトでしかなかったものが、今ではそういうことがあるのかもしれない、、と多くの人たちが思い始めています。そういう風にわたしたちの意識の「普通」という基準はどんどん変容していっています。
歴史の事実として体験していることで分かりやすい例えでは、「地球は丸い」と昔人類は思っていませんでした。最初それを言った人は変人、変人を超えて罪人判定だったのが、今はどうでしょうか。
「今」わたしたちはどうなのか?今、起きている当たり前についてはどうなのか?
いつも人は過去を教訓に話すけれど、「では今どうなの?」にしっかりと持っていかずに終わってしまう。
わたしたちが歴史から学ぶことの本軸は、常に”当たり前”の中に落ち込まず、自らが問いを持ち思考することの大切さを思い出すこと、だとも言えるでしょう。
意識変容をしてきて、今は「地球は丸い」というわたしたちが”それが事実”と思っているその前に、もっと根源的な仕組みを観せてきているのが「量子論」です。
それを頭で考えなくても「使える」形で伝えているのが「ホ・オポノポノ」だとわたしは感じています。
さて、
ホ・オポノポノでは自分(たち)の「過去の記憶」がフィルムとして映し出されて、目の前の現実となっていると伝えています。
その「記憶」をクリーニングすることで、(現実)現象に変化が起きていきます。
そのクリーニングの言葉として
ごめんなさい
ゆるしてください
あいしています
ありがとう
という4つの言葉があり、「あいしています」「ありがとう」だけでも消去(delete)キーになるよと教えてくれています。
ここでよくいただく質問なのですが、それらの言葉を言う時に(心の中でも声に出してでもどちらでもよい)、「心を込めなくて良い」とのことですが、「それは何故?」とよく質問いただきます。
心を込めないことに、「うわべだけな感じでいいの?」や、「なんとなくそれでは悪い感じがする。」や、「それだとイマイチ自分の方にやってる感じが伴わない。」などそういう気持ちになることもあるかもしれません。
そして「心を込めなくても良い」ということの意味が分からないので、「何故それをするのか納得がいききれていなくて、よく分らないことを続けることが難しい。」という声もいただきます。
確かにそうですよね、何故それをしているのか、何故それでよいのか分からないことを続けるのは難しいものです。
そのことについて、わたし自身がホ・オポノポノの本部のようなところに問い合わせたり、いろいろ文献を調べたりしたわけではないので、ただわたしが感じることですが、自分自身がその世界を感じ、使う中で感じるところを応えたいと思います。
ホ・オポノポノの世界は、現実を創り出している仕組みを伝えている世界であり、わたしたちがそもそもワンネスであるといところに降り立っています。
わたしたちの意識に働きかける世界、「意識に降り立つ世界」と言ってもいいかと思います。
だから、「禅」とも響き合う世界であります。禅というのも特定の思想というより、「意識」に純粋に降り立つ取り組みです。(「禅」の言葉の由来を調べると面白いですよ。)
それは個人意識という入り口からアクセスし、ワンネスという土台のもとに集合意識を皆で共有していること体感していく(思い出していく)、そんな世界とも言えます。
ホ・オポノポノのこれら4つの言霊は、集合意識でエネルギーが高い言霊となっている言葉たちです。
ごめんなさい
ゆるしてください
あいしています
ありがとう
この言葉を聞いて、わたしたちはどう思うでしょうか?どんな感じがするでしょうか?
「素直」 「個我(自分自分という意識)を手放す」 「ゆだねる」 こういったエネルギー値がとても高い言葉です。
集合意識をクリーニングするのに、集合意識の言霊を使っているような感じです。
この言葉が既にパワフルであるのは、それもまた皆の意識の賜物であり、その言霊を使っているのだとわたしは感じます。
そして、エネルギーを通す(光を通す)のに、大切なのは「しがみつくような気持ち」「執着」を手放していること、というのがとてもポイントになります。
「心を込める」とは、時に力が入りすぎることがあります。その願いが、懇願しているようなものであればあるほどに、「手放す」という状態が難しかったりするものです。
「願うこと」そして「手放すこと」が同時に起こる時、その時そこに光が通ります。
エネルギー的にはそれが「信じる」「信頼する」といったものになります。
それは何か手に入れたいものであるならば「ない」ではなく「ある」感覚になることですし、それを阻むものというクリーニングの視点であるならば、その素直(光)を歪ませている痛い記憶はもう「ない」となる感覚でしょう。
エゴや個我を持っているわたしたちにとっては、「手放すこと」が難しいことが多々あり、そのために、「ならば、心を込めずに、もともとエネルギー値の高い言霊を使って”手放しながらクリーニングする”という意識状態を作る」そんなあり方に自分を持っていくために「心を込めなくて良い」となります。
それでちょうどよい感じになるから、という感覚をわたしは実践をしながら体感します。
もっと他の意味もあるのかもしれませんが。実践して体感して、その世界観をわたしが理解している中では、ここでとれるバランスが絶妙であること、特に懇願してしまう事柄ほど、力を抜くために、我を手放しながらするために、心を込めないがちょうどよい、と感じています。
「心を込めること」が悪いわけではないのです、我を外して意識を集中できるならば、それは最も光が通るので、「心の込め方」が適切であるならば、心を込めても良いのです。
OSHOタロットでは、量子論やホ・オポノポノの仕組みを講話で伝えているようなものがいくつかあります。
そのうちのひとつがこちらの「マインド」という講話です。
わたしたちは「引き寄せの法則」を使いこなして生きている
この講話は最後が「ひぃぃぃ~~~
」ってなるかもしれませんが、ひとつ注釈とするならば、人の寿命は「宿命カテゴリー」だと思うので、魂の成長と全体への大貢献を前提に特殊な契約変更が成されない限りは、”人間”の思考レベルでは呼び寄せたり遠ざけたりはしないと思います。(「運命は変えられるけど、宿命は変えられない。」とよく言われるそれです。ただし、宿命もそもそも自分の高次元意識が決めているものです。)
OSHOの講話は、その講話で伝えたいことをもっともその人の意識に入りやすいように衝撃を与える(エネルギー変容を起こすため)落雷のような伝え方だな~と思います。
もう一つ、「マインド」ならぬ、「ノーマインド」というカードがあるのですが、これもマインドとは反対の方向から、量子論を伝えていて、こちらのカードがホ・オポノポノのクリーニングと同じことを伝えています。
自分とほっと一息で触れる時間
そんな空間として、
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