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5月のみそかもうでに参拝して参りました。
最近よく伊野皇大神宮へ参拝させていただいていますが
隣のカフェ写楽のオーナー中原さんには
大変お世話になっています。
いつも美味しい料理をありがとうございます。
ここからすぐ近くの審神者(さにわ)神社を
教えてくださいました。
審神者(さにわ)とは、古代の神道の祭祀において
神託を受け、
神意を解釈して伝える者のことです。
その審神者である
中臣烏賊津使主(なかとみのいかつおみ)を
お祭りしているため
審神者神社というそうです。
小さな神社ですが
とても古い歴史を持った神社のようですね。
審神者(さにわ)神社
『日本書紀』の神功(じんぐう)皇后紀には「皇后の祈願に際して中臣烏賊津使主(なかとみのいかつおみ)を喚(め)して審神者とす」とあります。
審神者とは神の神託を受けて、その意を伝える人のことです。
中臣烏賊津使主をお祀(まつ)りしているため審神者神社の名がついています。
おやしろさまともよばれています。
この神社は、慶長3年(1589)まで六所に社殿のあった六所大明神と向かいあっていました。
この神社は、慶長3年(1589)まで六所に社殿のあった六所大明神と向かいあっていました。
両者の間に建物を建てることが禁じられていたと伝えられ、その言い伝えは現在も守られています。
ふむ、六所大明神ってどこ?!
そして、ここで大きな気づきがありました。
六所宮は慶長年間(16世紀末)までこの地に鎮座し立派な社殿があったと伝えられています。
「筑前國續風土記拾遺」によると
祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、速玉男命、豊受大神、瓊瓊杵命、軻遇槌命、
現在、六所宮ら六所大明神として、斎宮の境内に祀られています。
斎宮に移された理由としては、天正年間に兵火に焼かれたからだとも、川のそばに立地し、洪水の心配があったからだとも言われています。
六所宮が移された後のこの地は神田とされ今でも六所という地名が残っています。
江戸時代、黒田家は天照皇大神宮(伊野皇大神宮)を内宮と呼び、豊受大神を祀った六所宮を外宮として尊びました。
なんと!
三重県の伊勢神宮と同じく、
内宮と外宮に分かれていて
伊野皇大神宮は内宮、
六所宮は外宮だったのですね。
伊野皇大神宮は九州の伊勢
と言われていたわけも納得!です。
伊勢の神宮が好きすぎて、
三重県で働いたこともありましたが
こんなところにあった!伊勢神宮が。
まさに灯台下暗し。笑
教えてもらえたことに感謝です。
まだの方は、ぜひお立ち寄りください!!
最後までお読みくださりありがとうございます😊





