【天津みやこのライフストーリー】
「レイキ」って、何ですか。
そう尋ねたとき、意外にも専門家たちは、
仕組みや効能を、仰々しくは語らない。
ごく当たり前のことをしゃべるみたいに、
こんなふうなことを言う。
「宇宙とか自然界のエネルギーを、
自分の身体をパイプにして相手に
主に手から流すっていうヒーリングなんです」
その人によれば、それは「誰でも使える」し、
「みんなに備わってる能力」らしい。
ほええーー、と間の抜けた返事をしながら、
その、「当たり前」なトーンに感服する。
「レイキ」を通して、人が本来持つエネルギー
を、
ひらかせて、めぐらせる
天津みやこさんにライフ・ストーリーを語ってもらった。
(取材・文:小川志津子)
◆悲しむみんなの姿が見えた
「とにかく、目立ちたくない!っていう子でした」
幼い頃のことを聞くと、
まず、そんな答えが返ってきた。
「物心ついた時から、
外界の刺激にすごく敏感で。
音とか目に見えるものとかすべてに対して。
だから、できればひとりでいたい。
静かなところにいたい!
っていう子どもでしたね」
ひとりで、部屋にこもって、絵を描いた。
目に映る景色が、
いったい何色で出来ているのか、
無心で集中できる時間が、安らぎだった。
「言葉以外のことも、
受け取ってしまうんですよ。
例えば、怒ってる人がいたとして。
その人が発してる言葉だけではなくて、
波動っていうのかな、
ばあっ!と広がるエネルギーを
受けとっちゃうんです」
だから、できれば、
はじっこにいたい。
はじっこから、
全景を、観察するのが好き。
「人を見ていても、
『この人は本当はこう思ってるんだろうな』、
みたいなことを感じ取ってましたね。
頭で考えるんじゃないんですよ。
なーんにも考えていないんだけど、
伝わってきちゃうので(笑)」
感受性がすごすぎて、
10歳のときに、真剣に「死」を考えた。
「そしたら、
自分が死んだときの光景が見えたんですね。
みんなが悲しんでいる様子が、
映像みたいに見えて。
なんて申し訳ないことを考えたんだろう!
って思って、
ここから先は、人の役に立つことをしていこう、
って思いました」
ネガティブな刺激に押しつぶされるのではなく、
この世界にある、いいところを見ていこう。
みやこさんは、そう決めた。
「落ち込んでる人の話に寄り添うとか
その人が求めていることをやるようにして。
そしたら、ありがとう、
って言われることが増えました。
人が向こうから集まってくるっていうか」
刺激や波動への知覚過敏を、
むしろ活かして、働きかける。
そして中学校で美術部で絵を描くことで、
自分の中の嵐を鎮める。
だんだん、仲間との雑談も弾んでくる。
絵を描くより、そっちの方が、楽しくなってくる。
他ならぬ、みやこさんの世界が、動き出す。
ふと気づくと、周りの友だちは、
どんどん進路を決めていく。
「それがすごく不思議だったんですよ。
みんな、どうして将来を決められるんだろう?って」
その後、「りぼん」とか
「なかよし」的な文化に憧れて、
「漫画家になりたい」と
思っていた時期もあった。
でも、「りぼん」「なかよし」文化から
巣立つにつれて、
その思いも、薄れていく。
「医療事務の専門学校に進みました。
自分の頭で考えましたね、その時は。
実際、資格も取りましたけど、
でも結局その道には進みませんでした。
これじゃないな、って思いました」
◆「これじゃない人生」が転機をくれた
「これじゃないな」って思ったということは、
「自分」があったということだ。
何らかの「自分」があって、
それと医療事務が合致しない。
それが、みやこさんの「自分」の芽生えだ。
(②に続く)



