「 今年はママとふたりで、絶対スキーに行きたーい! 」
っと娘ちゃん。
↑芳恵ママ、オーストラリアにいた春の3月初週。一転して、雪国へ!
小学5年生のころから
毎年スキー合宿に行き
今ではすっかり
スキーが大好きな
中学2年生になった長女ちゃんに
1月ごろから
ずーっと、そう言われていて
よし、雪がとけてしまう前に
どこかのタイミングで
行こう!行こう!と
↑芳恵ママ、オーストラリアから帰ってきてすぐには、青森へ。お食事会にも。
3月は、いろいろと
イベントの多かった
芳恵ママも
ようやく
行くなら今日だ!!
っと昨日
娘ちゃんとの約束を叶えに
朝起きてすぐ
芳恵ママ
『 ( 長女 )ちゃん!!今からスキー行こっか♪ 』
っと、新幹線で、ゲレンデに向かったのでした♡
朝、えー♪やったー♪
っと娘ちゃん、大喜びしながら
ふたりで
サクっと、荷造りをして
長女ちゃんは
スキー用のmyフルセットで
ママは
スノボを、フルレンタルで、手ぶら!
で向かい。
↑新幹線のなかでいただいたお弁当。初めて乗る、東北新幹線は、とっても快適だった♡
午前中さくっと
新幹線で新潟まで行き
あっとゆーまにスキー場へ
着いた♡
↑新横浜➡東京駅➡越後湯沢(新潟)は、全新幹線で、ほんの2時間ちょっとくらいだった!!こんなに早く全国を移動できる新幹線のおかげで、この短い人生で、たくさんの経験をさせていただける恩恵に、心から感謝でいっぱい!
長女はmyセットを持参してのスキーで
ママは全レンタルしての、手ぶらでスノボ!
( 借りられるおかげで、思い立ったらすぐに行って滑れるこの恩恵にも、ほんとうに感謝でいっぱい! )
さて、芳恵ママは
そうはいっても
スノボはもう、すっかり大学生ぶりで
( 20年近くの、ご無沙汰! )
板の履き方すら
忘れているくらいで
どうやるんだっけ?
大丈夫かなー?
と、不安だったのだけれど
つい最近
スキー合宿から帰ってきたばかりの長女に
何かと、リフトの乗り方から何から
細かいところを全フォローしてもらいながら
↑すっかり、長女が、頼れる存在になっていて、なんだか、とても感激してしまった。
いざ、芳恵ママ
板を履いて
滑り始めてみたら
長女ちゃん
「 え!?ママ!まじ!?スノボめっちゃうまいじゃーん! 」
っと、娘が大喜びしてくれたのだった。笑

↑ゲレンデって、その雪山の大自然のなかにいられることも、最高な解放感だった。
なんだかんだ
頭は忘れていても
身体は覚えているものだな、と
( 赤ちゃんの子育てと一緒だな、と! )
時期的に
ちょっと
固めな雪だったけれど
それも、アクティビティだと思いながら
あの壮大な景色のなか
ゲレンデを爽快に滑走する
爽快感、解放感をまた感じられる
自分で在れたことに
なんだか
芳恵ママのほうがこの日は
うれしくて、うれしくて、たまらなかった✩

14歳になった娘は
すっかり上級者コースを
颯爽と滑って行き
いつのまにか
こんなにたくましくなったんだなー!
っと、もう
もうひとりの大人がいるようで
こうやって
娘の成長をみるたびに
親の私ではなく
これまで
娘にスキーを教えてくれた
合宿の先生方や、たくさんのスタッフや友人たちや
いまの娘の成長を
こうして、フォローしてくださった
たくさんの方々の存在を
その後ろ姿にも感じさせていただいて
なんだか、感謝があふれて
涙が出そうになったのでした。
芳恵ママ自身の体もー。
14年前
長女を産んだあと
カラダがボロボロになった芳恵ママは
1年間もまともに床上げでもできず
腰の痛みと、低血糖、低血圧、冷え性で
毎日ぐったり、立ち上がるとふらふらで
まともにキッチンにも立てず・・・
くるくると笑顔を見せてくれる
かわいいわが子と
せめて、一緒に駆け回れる自分で在りたいー。
そう、一念発起したところから
食医ママになり
食医ママメソッドのおかげで
30代を
2歳差3人育児をつわりなしで
自宅出産、助産院出産で
出産翌日から退院して
育児できるまでの
元気な自分に
ならせていただくことができ
完全母乳育児
ほぼワンオペで
ずっと、小さな子供たちとの
今しかない日々を
毎日、幸せに
大切に、一緒に駆け回りながら
謳歌することができた。
そして
30代の最後に、もうひとり
愛しい娘を、授かることができた。
そんな
30代のころは
幼稚園の年上のママ友たちに
40才過ぎたら
腰がついていけなくなって
スノボよりもスキーに戻るよ
と、言われていたので
そうなのかー!?
と覚悟していたのだけれど
いざ
いま、自分がその年齢になり
滑ってみたら
そんなこともなく
やっぱり私は今のところ
まだまだスノボ派で、大丈夫だった自分に
年齢は、年の数ではなく
やっぱり
肉体年齢こそが、ほんとうだ、と
今の自分で
また、再び
学生時代の頃の心地で
爽快な滑走がたまらない
この感覚を、味わえて
ボロボロで立ち上がることすら
ままならなかった
20代のころの
自分を思い出しながら
そのおかげで
食医ママになり
食医ママメソッドとともに過ごした
30代のおかげで
肉体年齢が
中学生の娘とも、ずっと一緒に駆け回れるくらいの
まさか、こんな40代になれるなんて
感激が、やまないのでした。
( 人生というのは、一病息災だ。=たったひとつの病から、学び生き方を改善することで、人生のすべてを改善することができる、という意味。 )
やっぱり
幸せ、というのは
外側にあるのではなく
幸せを、感じられる私のほうにある。
そして、感じる私とは
この体、肉体の健やかさ、そのものからで。
食医ママという
もうひとりの私の存在に
感謝が尽きない。
今年の冬に
食医ママサロンで
例年よりもブラッシュアップした
腎の養生法( 体のバッテリーチャージ )で
足腰をカラダの内側から
養生していたおかげで
今年はとくに
春の今からの
活動力の高さが
今年はとても強くなっているのを感じるのでした。
( 腎とは、生命力の要で、ここが元気なほどに、若々しく、また、髪も黒く、精力も高く(妊孕力が高く)フットワークも軽く、お酒にも、環境の変化にも強く、耳の状態、脳の状態が、健全。 )
芳恵ママの
この春の3月は
花粉症知らずなまま
ほんの半月の間でも
最初の週は
1週間オーストラリアにいて
↑芳恵ママ、グレートバリアリーフをセスナから♡
帰ってきてすぐに
食医ママサロンのメンバーさんたちとお茶会をし
( ここでも「 芳恵ママ元気ですね!! 」っと驚かれつつ。笑 )
↑オーストラリア、アボリジニの絵画のまえで。
土日は
朝晩みっちりのお勉強会に参加したり
おとといまで
青森に1泊して、食事会に参加したり、青森のあちこちへ行き
( ↑青森では『わたしの愛に還る』食医ママ®ノートをコラボで創らせていただいた、藤本さき子さんのSHOP♡プティラドゥさんへ♡ )
そして帰ってきて
昨日は、娘ちゃんと新潟のゲレンデに。

心の思うままに
軽やかに、体が動いてくれる
子どものころのように
1日の時間が
とても細かく視えるので
いろいろなことができる。
まるで中学生のころような
軽やかさを感じている。
冬の間に
腎の養生(体のバッテリーチャージ)
↑青森、本八戸の、割烹金剛さんでいただいた一皿。
明らかに
コンディションが違うな、と感じる春からのいま。
スポーツが大好きな
中学生になった娘とも
いま、また
こうしていっしょに
駆け回れるくらいの
ママの自分で在れて
いま、それが、本当にありがたくて、ありがたくて、たまらないのでした。

ゲレンデは
雪が降ってきたので
そろそろ帰ろうか、と言う、芳恵ママに
まだまだ
ナイターもやりたい♪
と、長女ちゃん。
そっか、そっか☆
ということで
娘ちゃんと
ナイター上級者コースへも。
ナイターのラストまで
ふたりで休みもせずに
ずーっと、ノンストップで
滑り続けたのでした。
ナイターになると
ゲレンデの空気感は一変し。
昼間の
家族連れの、わいわい賑やかな空気感から
静けさと、壮大な景色が顕れて
急に、優雅な世界観になった。
ふわふわ舞う粉雪に
雄大な雪山のパノラマを目前に。
娘と、ゆったり登るリフトから眺める
雪の白さを照らす白銀のライトの輝きの世界も
すべてが
毎瞬、毎瞬が
幻想的で
たまらなかった。
こんなふうに
世界が、真新しく
新鮮に感じられる
わたしのままで
人生の半分の地点のいまを
魂の震えるひとときを
こうして味わえていることに
このうえない感動だった。
↑芳恵ママ、オーストラリアでの、サンセットディナー。
食医ママとともに歩む
40代の今もまた
まさか、中学生のような
軽やかな体と感性を
保たたせてくれていることに
おかげで
現役中学生の娘と
ずっと駆け回れた自分で在れたこと
この景色を、この冬のラストに味わえたことに
心から感謝が尽きない。
わたし、という
生まれてからずっと一緒に歩む
自分というパートナーの人生を
大切に謳歌させていただく
ドクターユアセルフな
食医ママとともに
これからの人生も
日々のすべてを五感で豊かに味わえる自分で
人生を、歓びで満たそう♪
宝物はいつも
外側にあるのではなく
宝物に気づける感性が
外側のすべてを、宝物にする―。
今日もありがとう♡
食医ママ®石井芳恵
。・*☆ー命の本質を尊重する医食同源ー☆*・。
食医ママサロン
♡芳恵ママメディア♡気ままにゆったり更新♡
♡食医ママⓇアイテムSHOP♡
https://tia159930.owndshop.com
サロンメンバーさんのお声

春は、肝の季節!肝は、卵巣と目を司る♡女性の美しさと健やかさの要は、肝から♡






















