岩屋 立岩 天狗岩 黒岩 岩下 | 小野小町(五代目)の末裔、小野龍海の歴史研究

小野小町(五代目)の末裔、小野龍海の歴史研究

 五代目、小野小町(小野吉子)の子孫としての記録と記憶及び小野一族・ご先祖の研究・成果、趣味の紹介

 

 

 さて今回から紀元前磐一族の分布から情報を読み取る試みをします、おさらいですが、磐一族とは16500年前に日本列島へと入った考古学上は「縄文人」と呼ばれている人達で、民族的には九桓一部族知恵の樹」と族長が名乗った部族だと推測しています。

 

磐一族のキャラクター(by Gemini)

 

 文献的には竹内文書上古第2代磐城の国から中国へと入った事が書かれていますので、今の中国人になっている人達も居ることが分かる部族です。

 

 ユーラシア大陸の覇者になりつつあった「生命の樹」とメソポタミアで再合流し、メソポタミアを文明化させ、そのまま一気に世界の覇者となった人物が「ノア伏羲)」こと「天御光太陽貴王日大光日大神メシヤ)」になります。

 

 その妹が知恵の樹から出た女王で「天御光太陰貴王女大神月神身光神)」です、よって月皇后家から出たアマテラスを支えていた勢力というのは知恵の樹系といえるのです。

 

[天狗岩]

天狗岩

 

 天狗族との複号と考えられる「天狗岩」の分布です、言い方を変えればイスラエル系の日本人との複号なので、日本にはこんなにも失われた10支族が入っていると分かります、天狗大天使ミカエルとは同一の存在である事も分かりましたので(笑)、この子孫になる人は天使の末裔となるのです。wwww(笑)

イスラエルに展開していたヤコブの系統は磐一族の支流だからという理由があるのかもしれません

 

大天使ミカエル(=天狗)

 

[岩屋(山)]

岩屋

 

 件数としては6件となります、1代1山と考えると6代となり、1代=16年と考えると6×16=96年となり、ちょうどBC2Cの終わり頃に起こった部族と考える事ができます。(※紀元頃から平地に支配域を持つようになると考える為)

 

 豊受アヌシャカ建遮那の父親が武茂神ことジャヤセーナ栃木県に痕跡を残しますので、この頃には「屋一族」が日本に来て岩一族との複号、「岩屋」が誕生したと考える事ができます。

 

 香川県屋島または大分県屋山が「屋一族」拠点と考えられますので、ちょうどその2拠点の近くに岩屋が展開していますので間違いないかと思います、屋一族はおそらく海外が拠点だった一族のようです、複号としての「」は他にも多く山名に残りますが、単独としては一つずつしか無く、海外の王族の一つだった感じがありあす。

 

[黒岩]

 

 黒岩については予想外の展開を見せています、まずは大きく3つのブロックに展開しているのは起こった時代が3つの区分に分かれていると推測できます。

 

 九州から静岡までに点在するのはBC1C頃龍王族の「黒龍」との複号になった磐一族複数の磐一族黒龍と結びついた結果だと思います。

 

 そして残りの2つのブロックは別の時代、3000年前に始まる「」に由来する黒岩と考えられます、どうしてこの地域に展開したかがわかりませんが、新潟周辺の黒岩は「越一族」からとなった部族との複号が推測され、越一族古代インドと連動していたと教えてくれるものです。

 

[立岩]

 

 山名に「立岩」とある所をみると部族名としてBC2C頃からあったようです、でも本州に均等に拡がっている様は「立岩」の名乗りと併せて考えると、祭祀を担当していた部族の可能性があるのだと思います。

 

[岩下]

 

 岩下という山名は2つしかありませんでした、磐一族の拠点と考えられる福島県にふたつ、これは「下一族」の成立年代を知る上で重要なものとなります。

 

 2つで32年となり、下一族BC1Cの中頃成立した部族だと考える事が出来るからです、その考察結果は私の持っている印象とも一致し、アワナギの時に「上・下・本」という部族名は生まれたと考えています。(※本姓は「」で、それぞれ淡上方様、山下住、山本住がルーツとして上・下・本と名乗った)

 

 また上・下一族については考察せねばなりませんが、岩下の分布はその時に役立つものとなります。

 

 分布図を作るのは面倒な作業なのですが、このように部族としての行動結果が見えますので、何を考えていたのかが分かる重要な分析方法になります、縄文系日本人のお手本のような一族ですので、詳しく考察すれば縄文時代の様子も少しは見えてきそうです。

 

 複号の相手もその時代から存在していたと分かり一石二鳥なのですニヤニヤ、まぁこれまでの縄文人の常識は大きく覆される事になるでしょうね~。(笑)

 

 龍海