高一族を知る為に統計処理してみる。 | 小野小町(五代目)の末裔、小野龍海の歴史研究

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 五代目、小野小町(小野吉子)の子孫としての記録と記憶及び小野一族・ご先祖の研究・成果、趣味の紹介

 

 

 龍王族狼一族が分かったからには「熊一族」も知りたいと思うのは当然のこと、でも熊山は非常に少なく、三大部族に相応しく無い結果になっています。

 

 考えられるのは太加王高王)の母親が熊一族から出ているので、初めは「高一族」として行動していると考えることです、吉備高島の地名が神武東征で登場するのも、櫛甕魂命が「高宮(こうのみや)」として祀られている事も含め、「」という名乗りは名跡としてもう一人の素戔嗚尊多加王高王)と名乗っている様子からも分かります。(※一人目の素戔嗚尊鸕鶿草葺不合尊豊受のこと)

 

 今回はその前段階、「」の地名について統計処理しました、理由は多すぎて地図情報は意味不明になるからです。

 

ビッチリ...

 

 最初の「太加王」は4600年前頃と想定されますので、そこから「高一族」が興っていると仮定すると(※他の本に高一族太加王と同じ頃興ったと書いていましたニコニコ)、紀元前までで2600年もの歴史がありますので、日本へと来ていれば多くの痕跡を残しているハズです。(※天狗族は紀元前までで600年ほど)

 

 上図ではサッパリ分かりませんので、まずは2文字以下の「」が付く地名を統計処理しました。

 

上位50位

 

 上図は上位50位を並べたものです、1位は「高山」と山名に由来するもので、紀元前は山名に支配域を持つ事を提唱する私の説通りです。

 

 

 高島57高森48高峰高峯を併せると25高岳14とヤッパリ多い数字を示しています。

 

 高田は「」こと鸕鶿草葺不合尊の眷族となった高一族と思われます、天狗の時は後ろの漢字が眷族でしたが、田一族高一族の眷族となったとは考えられず、「田高」で検索しても山名には出て来ないので規則性として後ろが眷族という法則は成り立たないのだと思います。(※結局は他の情報と併せて考えないとドチラが眷族の姓なのかが分からない...)

 

 太加王は日本の王になろうとして攻め込んで滅ぼされた王族ですので、皇位継承権は4600年前から存在していません(※扱いされていない方が不思議です。)、よって熊一族が支える日系の高一族としてあったと考えられます。

 

 だから主たる民族は「」だと考えられるのです。

 

 高野(133件)も同様に「」(※アマテラスの姓)の眷族となった高一族と考えますので、高一族の直系は「高山」だけとなり、高田高野269件で高山147件を圧倒しているのです。

 

 しかし147件というのは天狗族と比肩する勢力ですので、三大部族に相応しい数です、よって太加王に始まる高一族の実態が「熊一族」だと考えるのです。(※そして王族は逆に「」を名乗ったと考える)

 

 あとは分布を見て実態を探らねばなりません。

 

 ドレがヤマト寄りで、ドレが蝦夷寄りなのか?

 

 はたまた、想定外の事が分かるのか、地図にプロットしてみますので、しばらくお待ち下さい。<(_ _)>

 

 龍海