「生まれて すいません」
この小説を最初に読もうとしたのは、確か高校一年生の時だった。
「人間失格」太宰治
街角の本屋さんの棚の前で背表紙じっと睨んでいました。
(人間失格ぅ・・・・・)
その日は結局買わずに帰り、三度目にしてやっとお金を払って買って帰りました。
その日の夕食が終わり、自分の部屋のベッドに寝転んで、この本を読み始めて10分も経った時、私は天井を見上げて、この本をポイッとベッドの隅に放り投げてしまいました。
そのかわりに読み始めたのは司馬遼太郎さんの「国盗り物語」。もう夢中で読みふけったことを憶えています。
結局「人間失格」はベッドの端からぽとりと落ちて、それすら私にも気づかれずに埃とともに高校時代を過ごしてしまいました。
そんなことは忘れてしまった私は、高校のクラブ活動に夢中でした。吹奏楽部でコンダクター。
毎朝毎晩練習練習。
田舎の公立高校ではありますが、なんとか関西大会に出たかったのです。
そんなある日、二つ下のクラリネットの女の子が「楽器を持てないから休ませてください」と言ってきた。
その人は小柄でどちらかというと目立たないタイプのおとなしい人でした。
しかし、彼女の吹く音色は、高校生の女性が出せる音色ではなかった。
クラリネットは音色を出すのが難しい楽器。
それなのに、彼女が奏でる音色は、柔らかく、優しく、そして澄んだ空気が流れるように聞こえました。
決してお世辞ではありません。
クラブの運営と曲作りに夢中だった私は、彼女の言葉を聞いた時、
「クラリネットが持てないって、冗談やろ?何情けないことを言うとんねん・・・・まあええわ、休み」
(せっかくいい音色を出すのに、情けないなぁ)
そう思いながら、彼女の休部を認めました。
それから彼女は顔を見せることがありませんでした。
(なんだ、根性なしか)
私はそう思いながらコンクールの事ばかりを考えていた。
ひと月ほど経ったある日、彼女の同級生が泣きながら私に知らせてくれた。
「成美(なるみ)が亡くなったんです」
「・・・・・・」
タクトを持ちながら楽譜を睨んでいたわたしは、最初は何を言われたのか理解できなかった。
「えっ、何やて?」
「昨日の夜、癌で・・・」
私に伝えてくれた女の子は、そこまで言って泣き崩れました。
練習中の楽器の音が一斉に鳴り止んだ。
私は彼女に成美さんの家を聞き、部長を連れて自転車に飛び乗った。
家に向かう途中はずっと、彼女のクラリネットの音色が私の頭に響いていました。
お通夜を終えた私は、どうやって家に帰ったのか記憶がなかった。
(俺は、彼女が癌であることすら気づかなかった。そしてなんというきつい言葉を言ったことか・・・)
30年以上も前の事なのに、彼女の音色を鮮明に覚えている。
そして、最後に彼女に言った言葉も忘れることはなく、思い出すごとに自分を恥じて来た。
クラリネットが持てなくなるまで頑張ってきた彼女なのに・・・・ごめんなさい。
「生まれて すいません」
小さなころ、親父が生きていて、ある日おふくろと私と三人で占いを観てもらったことがあったと聞いた。
その時の事は、私が高校を卒業するまで、話し始めても、その結果を教えてくれることはなかった。
親父もお袋も、なぜかその占い師が言ったことを気にしていたようだ。
ある日、親父が酔っている時に昔の占いの話になった。
「おまえの手を覗き込んで歯切れの悪い返事をする占い師に、無理やりじゃべらせたんや」
親父は私が最も聞きたかったことをしゃべりだした。
「その占い師は『この子は・・・どうしようもない人間になる。下手をすれば家系もこの子で途絶えるでしょう』って言いよったんや・・・」
しまったと思った親父の顔は、必死に言い訳をしていたが、私には珍しくパクパク動く親父の口しか見えていなかった。
「そんなもん、大丈夫やって、ただの占いくらいでどうってことないわ」
私がそう言うと、親父はほっとしていた。
その後、私はこの言葉にやたらと絡まれた。
30代の後半で、ひどく自暴自棄になったことがあった。
離婚、死別、病気、裏切り。
最低なことに、私はこの鬱憤を女に向けた。
ツーショットで人妻を誘い出し、心にもなく口説きまくった。
何人もの女性が離婚した。
私はお構いなく、次の女性を探し求めた。
間違いなく、何かに怒っていた。
そうしながら何かを必死で探し求めていたと思います。
「生まれて すいません」
結局、今に至るまで、私は「人間失格」どころか、太宰の本は一冊も読まなかった。
「生まれて すいません」
「人間失格」という小説に、この言葉が書かれていたのかどうかすら記憶がない。
しかし昨年、ついにDVDを借りて観ることができた。
(なんや、こんな話やったんか・・・)
暗いやつ。
その後、作者の太宰は入水自殺をしたと言う。
入水で自殺が出来るのか・・・俺にはそんな自殺はできない。
下手糞ながらサーフボードを持って、冬のノースショアに行き、波にまかれて死んでやる。
4,5mもある波で地響きする砂浜にもめげず、「わーっ」と気合を入れて大きな波に突っ込んで行く。
そんなことが出来れば死んでやる。・・・・できれば・・・ね。
この映画を観て、なぜか頭に残った言葉。
「生まれて すいません」
なんか・・・本当に・・・申し訳ない気がして・・・・スイマセン。
どうしょうもないのです。一晩寝たら ケロッとしているから。
大庭葉蔵:生田斗真
堀木正雄:伊勢谷友介
常子:寺島しのぶ
良子:石原さとみ
静子:小池栄子
礼子:坂井真紀
寿:室井滋
平目・渋田:石橋蓮司
井伏鱒二:緒形幹太
中原中也:森田剛
堀木の父:麿赤兒
堀木の母:絵沢萠子
律子:大楠道代
鉄:三田佳子
スタッフ [編集]
監督:荒戸源次郎
脚本:浦沢義雄、鈴木棟也
撮影:浜田毅
美術:今村力
音楽:中島ノブユキ
絵画:寺門孝之
衣装デザイン:宮本まさ江
企画/製作総指揮:角川歴彦
配給・製作:角川映画


