藤本さきこ認定講師・安井佐和子です。
昨日は長男のお食い初めでした。
家族で旦那さんの実家に行って、お祝いしてもらえることになってましたが、
2歳の次女が発熱したので、私と次女はお留守番。
旦那さんが長女と長男を連れて、旦那さんの実家に行ってくれました。
義両親が、長男が生まれたことをとっても喜んでくれていて、その気持ちが嬉しいです。
私は旦那さんと結婚して10年になりますが、設定変更に出会うまで、ずーーーっと「嫁・姑」の関係に悩んでいました。
設定変更を知って、自分がいかに「好きで悩んでいるか」に気づいてから、姑のことで悩むのをやめました。
その時に「決めた」こと。
私が助けてほしい時だけ助けてもらえる
ちょうどいい距離感でお付き合いできる
お互いリラックスして良い関係。
って決めました。
ちょうどいい距離感でお付き合いできる
お互いリラックスして良い関係。
って決めました。
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以前に書いた記事を思い出して、本当に決めた通りになったなーと思ってたんですが、
(「私が助けてほしい時だけ助けてもらえる」ってのはどうかと思いますが、、)
熱海合宿に参加して、改めて気づきました。
さきこさんが言っていた
「在るがままでいい」ということ。
それはつまり、
「相手も在るがままでいい」ということ。
「なんで、姑は私をもっと理解してくれないんだろう?」
「姑が変わってくれたら、私は悩まなくてすむのに!」
ってずっと思っていた。
姑とはこうあるべき。
嫁にはこう接するべき。
私が勝手に作り上げた幻の設定。
そうじゃなかった。
姑が私との距離を取るようになったこと。
変わらず孫を可愛がってくれること。
私に会ったときはとても気に掛けてくれること。
それは「私が決めたから」「そうなった」
のではなく、
姑が
私との関係性を大切にしようと思ってくれているということ。
私を受け入れ、理解しようと思ってくれていること。
なのかもしれない、と。
そう思ったとき、胸に込み上げてくるものがありました。
私は一体、何を見ていたのだろう?と思いました。
設定変更は相手を変えるためにするものではない。それはただの勝ち負けの目線でのコントロールでしかない。
ただ、目の前のすべてを受け入れる(見ること)。
そして現実にひっつけている幻をきちんと見ること。
受け入れるということは、「すべてが喜び」であるということ。
ただ、今すぐ勝手に幸せで在ればいいのだ。
私は勝手に幻を見て、相手を「悪者」にしていただけなのだ。
ずっと「なぜ、私はこれほど嫁姑で悩まなくてはならないのか?」(私の中ではホントに深刻だった)
と思っていた。
すべては在るがままでいい。
ということを思い出すためだったのだ。
設定変更に出会えて良かった。


