九州以外でWSヤる時は、CDプレーヤー準備してもらうのが面倒くさいんで、こやって、iPhoneに落とし込んだモノを使ってるんだけど、昨日、この流しっ放しの音が、ふと止んだ時に感じたこと
止むと、なーんか戸惑いみたいなもん感じた。。。【希少性が価値を生むという概念の元に、経済は成り立ってる】
そんな感じのことを分かりやすく書いてあるよな資料を、も1コの仕事のカンケーで読んだことがある

今みたいに、iPhoneぢゃ、iPodぢゃ、なんぢゃかんぢゃと無かったその昔、、、音楽というモノを楽しむには、お金を払ってきた。当時は貴族の人らくらいしか、演奏を楽しめなかったのかもしんない。
けどけど、今ぢゃ、生きてる環境そのものが、いろんな音で溢れていて、どこに行っても必ず音楽というモノは、【嫌でも】流れてる
だから、逆に、音のない世界へ行くために、お金を払う人すらいる。フツーの日常では、お金を払って飲むものではない。と思っている水でさへ、サハラのど真ん中であれば、大枚を支払ってでも、水を飲もうとするだろう。。。
そんな話が、ツラツラと書き連ねてあったのだよ

目に入ってくる情報だって、そうだよね。
お金払って、新聞を取ったり、お金払って、雑誌買ったり。
そーゆーことすらも、今ぢゃ、ネットで済むから、
昔に比べりゃ、新聞や雑誌を購入する機会も減ってるかもね。
メディア断ちするための合宿みたいなもんもあって、
スマホを預けて、そういう施設に入って、
みんなでカラダ動かしたり、読書したり、瞑想したりする。
そんな話も聞いたことあんだけど。。。
昨日、音が途切れた瞬間、私が感じたのは・・・
他人との境界線

音があることによって、遮られてたもんが、
ドゔぁ~~~って、流れ込んでくる気がしたのだよ

ま、アタシが、そーゆーのを敏感にキャッチするから、
そんな風に思えたのかもしんないけど。
無駄に流れているように感じる音が、要らん情報をかき消してくれてる。と言えなくもないなー。
ってね。電磁波だとか、見えないもんが、バンバン飛び交ってるから

原始人が、今のこの世に、放り出されたら、あまりの情報の多さに、即死する
みたいな話を聞いたことあんだけど。私、もしや、原始人に近いのか


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