諸葛孔明さん「お久しぶりです・・・。
以前・・・私は『金龍優雅 黒龍不和』というメッセージを・・・お届けしておりました・・・。
あの時にお届けしたのは・・・まさに・・・私の魂の真実を明かすような内容でした・・・。
今回は・・・さらに一歩深く・・・私が学んできだことを・・・皆様と共有したいと思っています・・・。
このことは・・・今の時期の皆さんにとって・・・おそらく・・・大事な内容になると思うのです・・・。
人は・・・なんのために生きているのでしょうか・・・?
多くの人はすでに・・・このブログを読んで・・・魂の成長のためだと・・・わかっていらっしゃると思います・・・。
ただ・・・もしかしたら・・・魂の成長は辛く・・・苦しいものだというお気持ちも・・・皆さんの心の中にあるかもしれません・・・。
私が思いますに・・・確かに・・・そういう面もあるのですが・・・実は・・・魂の成長の道はむしろ・・・優雅で・・・幸せなものです・・・。
今日は・・・この部分について・・・私の経験に照らしながら・・・少し掘り下げつつ・・・わかりやすくお伝えさせて頂けたらと思いました・・・。
ご存知のように・・・私はかつて・・・蜀国の軍師であり・・・国の中枢を担っていました・・・。
日々・・・非常に忙しい中で・・・少しずつ・・・かつて仙道を学んでいた頃の・・・心の清らかさが失れていき・・・代わりに少しずつ・・・頑なさを持つようになってしまいました・・・。
つまり・・・君主である劉備殿を信じ・・・蜀国のために全てを捧げる信念を・・・強めていったのですが・・・いささか柔軟さに欠けていたのです・・・。
このことの詳細は・・・前回の内容で・・・すでに詳しくお伝えしておりましたね・・・。
今回お伝えしたいのは・・・さらにその後のことです・・・。
私は死後・・・仙界に戻り・・・全ての真実を知りました・・・。
高次元の仙界から過去を見れば・・・全ての真実・・・一人一人の心の動きが・・・ハッキリと見えるのです・・・。
私は・・・劉備殿の心の暗闇・・・超雲の感じ取っていた真実・・・曹操の悲しみの理由・・・これら全てをハッキリと知ることができました・・・。
当然・・・私にとって・・・大きなショックだったのです・・・。
しかも・・・最も大切な部下である超雲の死は・・・深く見ていくと・・・私の柔軟さの欠如によって起きたことでした・・・。
私は・・・それらの真実を知った時・・・生きた心地がせず・・・自分を酷く責めそうになりました・・・。
しかし・・・幸いなことに・・・仙界は清らかな世界で・・・天から神の加護が感じられましたので・・・私は徐々に・・・心を落ち着けることができました・・・。
そして・・・こう思ったのです・・・。
『そうか・・・金龍優雅・・・黒龍不和であった・・・。
私は若い頃に学んでいた・・・生きることの優雅さを忘れていた・・・。』
自然と・・・私の目から・・・涙がこぼれ落ち・・・関わった全ての人達に・・・申し訳ない気持ちになりました・・・。
劉備殿に対しても・・・もっと真実に沿って・・・柔軟に向き合えていたら・・・本当に必要な助言をお届けできたかもしれない・・・。
このように考えている時に・・・私の神が・・・天から微笑みかけるように・・・声をかけて下さったのです・・・。
『よきかな・・・。
全てのことは・・・そなたの学びのためであった・・・。
そなたが今・・・学んでいるということは・・・それだけで・・・全てに価値があったということ・・・。
だからもう・・・洗い流しなさい・・・。
全ての過去は・・・あなたの成長の糧・・・。
全ての過去は・・・あなたの成長と共に・・・消えゆく幻想です・・・。』
私は・・・この言葉に救われ・・・涙を拭いて・・・神に深々と頭を下げました・・・。
それから・・・私は少しずつ・・・魂本来の優雅な在り方を・・・思い出していったのです・・・。
そして・・・優雅さを思い出すほどに・・・全ての人もまた・・・実は・・・この優雅さに向かっている・・・ということを思い出しました・・・。
魂の成長は・・・時に苦しく・・・辛いものです・・・。
私自身も・・・信念を持って・・・劉備殿を支えていましたが・・・これでもかというほどに・・・次から次へと試練がやってきました・・・。
私はそれを・・・劉備殿を信じるという信念で・・・乗り越えてきたのですが・・・。
今にして思えば・・・劉備殿を信じる前に・・・まず・・・神を信じるべきでした・・・。
もし私が神を信じ・・・神が導く方へと・・・実直に国の舵取りをすることは・・・劉備殿にとっても利があることです・・・。
しかし・・・さまざまな難しい状況の中で・・・私は劉備殿を信じることこそが・・・神の意志であると思い込んでいたのです・・・。
皆さんも・・・人生の中では・・・このようなことがあるかもしれません・・・。
つまり・・・なにか心に響くことがあると・・・その方向性こそが・・・神の導きだと思い込み・・・他の要素を除外して・・・そちらへ突き進んでしまうのです・・・。
私の場合・・・劉備殿の慈悲心が素晴らしいと感じたために・・・心から彼を信じ・・・徐々に柔軟で・・・奥深い洞察を失っていきました・・・。
次々とやってくる試練についても・・・一国を担うのだから・・・当然のことだと思っていましたが・・・本当はそこまで背負う必要はなく・・・最終的に・・・自分を限界まで追い込んでしまいました・・・。
私の神は・・・そんな私の真っ直ぐな性格が・・・『よいところだ』・・・と言って下さいましたが・・・。
一方では・・・『よく学び・・・今後に活かすように』・・・とも言って下さいました・・・。
その後・・・私は仙界の多くの神々や・・・賢人達と話し合い・・・魂の成長と・・・優雅さの境地について・・・奥深い理解を得ました・・・。
人の世界では・・・なかなか真実が見えづらく・・・つい・・・他者やなにかへの信念を強く持つことで・・・乗り越えようとしがちなのですが・・・それでは・・・優雅さが見失われがちです・・・。
ただ・・・ここでの優雅さとは・・・必ずしも・・・裕福さや・・・豪華さを伴うものとは限りません・・・。
人は・・・質素でも・・・たとえ貧しくとも・・・優雅に生きることができます・・・。
あの釈尊は・・・全く財産を持たずとも・・・生涯優雅に生きた人と言えるでしょう・・・。
私達は・・・信念によって・・・時に力強く生きることができますが・・・この信念を持ちながらも・・・優雅に生きることは可能なのでしょうか・・・?
魂の成長と・・・この信念は・・・矛盾しないものなのでしょうか・・・?
それとも・・・信念自体・・・不要なものなのでしょうか・・・?
私の答えはこうです・・・。
『信念とは・・・神と共に静かに・・・真実を生きるためのもの・・・』
これはあくまでも・・・私なりの答えなのですが・・・私にとって・・・このような信念の持ち方が・・・とても心地よく感じられるのです・・・。
つまり・・・神のお力は・・・神聖で・・・静かなもので・・・そのお力と共に生きていく信念を持つほどに・・・私達は・・・多くの問題を・・・スムーズに解消していくことができます・・・。
しかも人生に・・・広く・・・心地よい・・・優雅さが現れてくるのです・・・。
端的に言えば・・・信念とは・・・『神の静かなお力』・・・と共に生きるためのものとも言えます・・・。
もちろん・・・この信念は・・・頑ななものではなく・・・気付きや経験を通して・・・少しずつ育まれていく・・・柔軟さを伴ったもので・・・言葉自体に強く拘って・・・育むものではありません・・・。
さまざまな難しい状況の中で・・・神のお力を信じるほどに・・・現実にスムーズな変化がもたらされ・・・私達の心にも・・・徐々に正しい信念が育まれ・・・すると・・・神と共に静かに・・・真実を生きられるようになるのです・・・。
そこに・・・人生の優雅さ・・・自分らしさ・・・真の幸せなどの宝が・・・現れてくるわけです・・・。
私はここに・・・非常に重要な要点があることに気付きました・・・。
ただ当然・・・人であれば・・・神聖さや・・・静けかさから・・・心が離れることがあります・・・。
そこで・・・『神と共に静かに・・・真実を生きる』・・・という信念を・・・心に据えることで・・・たびたび心の状態を立て直すことができます・・・。
人生の中では・・・難しい問題や・・・人間関係・・・自分自身の心の課題など・・・向き合うべきことが多くあります・・・。
すると時に・・・信頼できる誰かや・・・何かを信じることで・・・前向きに乗り越えることができるかもしれません・・・。
ただ・・・他人を信じたり・・・この世の中の何かを信じる場合・・・その対象と・・・深いところでエネルギー交流することになります・・・。
これはもちろん・・・必ずしも悪いことではありませんが・・・それによって・・・私達は知らず知らず・・・その対象の・・・問題点も共有するようになっていくのです・・・。
その対象が・・・どれほど素晴らしいとしても・・・この世界の人物や・・・物事であれば・・・きっと神には及ばないでしょう・・・。
だからこそ・・・私達は・・・他者への情や・・・世間の何かに拘るよりも・・・神のお力を信じることで・・・神とエネルギー交流をすることができ・・・心を清められ・・・支援を受け取り・・・スムーズに生きていけます・・・。
この意味において・・・信念は・・・非常に大きな役割を果たしてくれると思うのです・・・。
この信念が深く・・・力強いほどに・・・神の静かなお力も・・・より広く・・・より力強く現れるようになり・・・すると・・・さまざまな問題がさらに解決されやすく・・・優雅さも現れやすくなる・・・ということです・・・。
私自身・・・人間として生きている時にはできなかったことですが・・・道理としてはこのようなことで・・・急激に信念を強めることはできませんし・・・そうする必要もありませんが・・・優雅に生きるコツとして・・・このような道理を踏まえておくと・・・よいと思います・・・。
では・・・より実践しやすいように・・・一つ具体的な例をあげてみましょう・・・。
ある日・・・ある人が・・・人間関係のことで悩んでいました・・・。
相手の言葉が・・・心に刺さったように感じられて・・・とても不快で・・・腹が立っていたのです・・・。
しかし・・・この人は神を信じており・・・心の中で神を思い出し・・・神を意識しました・・・。
それによって・・・心に清らかなエネルギーが流れ込み・・・徐々に・・・気持ちが落ち着いてきたのです・・・。
彼は・・・『そうだった・・・私は神と共にある・・・自分が向き合うべきことに向き合おう』・・・と思い・・・。
心を静め・・・なぜ今回の出来事が起きたのか・・・この出来事は・・・どんな心の課題の反映なのか・・・と・・・彼は内面を見つめました・・・。
少しずつ・・・心の静けさが深まっていく中で・・・彼の心の奥にずっと秘められていた・・・深い絶望が見えてきました・・・。
それは・・・暗く・・・苦しく・・・物悲しい気持ちで・・・これまでずっと・・・心の奥に秘められていたものでした・・・。
特に・・・子供の頃から受けてきた・・・周囲からの圧力や否定が・・・悲しみと劣等感を深め・・・自分自身への絶望を・・・知らず知らず大きくしていたようでした・・・。
今までの彼は・・・その絶望を感じても・・・見て見ぬふりをしていましたが・・・この時は・・・神のお力を信じ・・・心静かに・・・自らの真実を見つめ続けました・・・。
過去の記憶が・・・断片的に蘇ってくる中で・・・心と体にも・・・当時の苦しさや・・・物悲しさが蘇ってきましたが・・・彼は・・・できるだけ心を乱さないようにしながら・・・過去の自分を責めることなく・・・静かに見つめていったのです・・・。
すると・・・少しずつ・・・当時の苦しさと・・・物悲しさが消えていき・・・安心感と共に・・・彼本来の・・・柔らかな心の状態が戻ってきたのです・・・。
そしてまた・・・彼の心の奥で・・・なにか底が割れたような感じがして・・・『もう無理をしてまで・・・他人と関わろうとしなくていい・・・むしろ神を信じ・・・その人の魂による自立を信じよう』・・・と思えたのです・・・。
今回の苦しみの原因は・・・彼がこれまで・・・自らの絶望を感じたくないが故に・・・知らず知らず無理に頑張り・・・他人と関わっていたことに起因していました・・・。
それからというもの・・・彼の心は深く落ち着き・・・人生が一段・・・優雅になっていきます・・・。
その人へも自然と・・・笑顔で挨拶できるようになり・・・損得に捕らわれず・・・心から奉仕したいと思った時には・・・自然と奉仕でき・・・それが幸せだと感じるようになっていきました・・・。
この変化には・・・神の導きと支援があり・・・彼もまた・・・神のお陰だとわかっていました・・・。
これは・・・彼の中の・・・神と共に生きる信念・・・そして・・・肝心な時に・・・静かに・・・自分の心の課題に向き合うことによってもたらされた・・・とても大きな変化でした・・・。
『神と共に静かに・・・真実を生きる』・・・ことによって・・・もたらされた変化・・・とも言えるでしょう・・・。
神の静かなお力は・・・非常に大きく・・・人の心を深く・・・丁寧に見守っており・・・いざという時に・・・静かに真実に向き合えれば・・・その分・・・その大きなお力が・・・助力してくれるのです・・・。
神の真のお力は・・・あまりにも静かである故に・・・非常に感じづらく・・・その実在性も・・・わかりづらいものです・・・。
しかし・・・いざ心の課題を乗り越える時には・・・非常に強力な癒しを届けてくれます・・・。
神への信心と・・・静かに真実を見つめる方向性を・・・しっかり保つことができれば・・・心の奥のどんな暗闇も・・・癒されていくのです・・・。
世間では・・・現実の問題を解決させるために・・・自分を追い込んで頑張ろうとしたり・・・あれこれと外側について思案することが多いのですが・・・。
実は・・・問題に直面した時こそ・・・神と共に静かに・・・自分の真実を見つめられるか・・・という挑戦があると・・・私は思っています・・・。
神の愛・・・神聖な力は・・・心の静けさと・・・最も同調しやすく・・・自分を追い込むような・・・厳しさ・・・頑なさには・・・比較的同調しづらいのです・・・。
このようなところに・・・人生の最大の要点があり・・・このように乗り越えていくほどに・・・人生の優雅さが現れてくるわけです・・・。
だからこそ・・・日本の神々は・・・風流や・・・わびさびなど・・・『静けさ』を味わう文化を・・・日本人に残していたのでしょう・・・。
自然を慈しみ・・・静かに自分自身を味わうことを楽しむ・・・日本には昔から・・・そのような文化があったようですね・・・。
このような文化は・・・確かに・・・私が仙界で学んだ道理にも合っています・・・。
ここには・・・日本の神々の・・・人々への深い慈しみと・・・大切な導きが・・・隠されていると思うのです・・・。
私は今・・・日本の現状も拝見させて頂いてますが・・・確かに・・・なかなか難しい状況もあるようです・・・。
しかし結局のところ・・・それぞれが・・・自分自身の人生を・・・大切に生きていけばよいのでしょう・・・。
外側で・・・どのような問題が起きても・・・神の『静けさ』と共に・・・自分自身の真実に向き合うきっかけにすることができれば・・・きっと現実の問題も・・・解消されるのですから・・・。
私が・・・仙界で多くのことを学んだ時・・・このような『静けさ』の中に・・・非常に大きなエネルギーが宿っていることに気付きました・・・。
人間は・・・このエネルギーの真髄を・・・感じ取ることはできませんが・・・神は・・・この『静けさ』と共に・・・人間が知らないうちに・・・多くの問題を解決し・・・未来を大きく変えてくれるのです・・・。
過去の私も陥った罠ですが・・・人間の世界では・・・ひたむきに頑張り・・・急いで行動した方が・・・幸せに近づけると考えられていますが・・・神の力は・・・全く別次元のもので・・・私達が全くわからない領域から・・・全ての問題を解決して下さいます・・・。
ですから・・・このような道理をよく理解して・・・『神と共に静かに・・・真実を生きる』・・・という信念を持って生きることは・・・とてもよいことだと思います・・・。
それは・・・言葉自体に拘った信念ではなく・・・自分自身の気付きと経験によって・・・徐々に育まれる信念です・・・。
私達は・・・神のお力と共にある時に・・・どんな環境下でも・・・真実を見つめ・・・課題を乗り越えて・・・徐々に優雅に生きていくことができます・・・。
私達が目指すべきところは・・・優雅さであり・・・けして・・・苦労の連続ではなく・・・ストイックに自分を追い込むことでもありません・・・。
人生の中での苦しみは・・・例外なく・・・自分の心の課題にのし掛かっているものなので・・・神と共に『静かに』・・・自分自身の真実を見つめることができれば・・・苦しみの底が割れて・・・優雅さが現れてくるわけです・・・。
ここまで・・・お伝えさせて頂けて・・・大変光栄に思います・・・。
あなた様の人生に・・・いつも神の静かなお力が・・・共にあることを・・・願っております・・・。
ありがとうございました・・・。」
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