(1月以来・・・久しぶりにマロ様の登場です。
マロ様のイラストは、2017年の企画で描かせて頂きましたが・・・もう5年も経ちましたね。
せっかくですので・・・そろそろ「sample」の文字を除いたイラストを公開させて頂こうと思いました(^^)
ダウンロードは無料ですので、個人利用の範囲内でしたら・・・どうぞご自由にご活用下さい。
最近、世間が何かと騒がしくなってきましたので・・・ぜひマロ様とお心を重ねながら・・・あたたかなお心を育んで頂けましたら、とても嬉しく思います。)
マロ様「おお・・・皆の衆・・・お久しぶりじゃのぉ・・・。
皆は・・・元気じゃったかのぉ・・・。
マロは・・・いろいろな変化を見ていて・・・それでも・・・皆がちゃんとあたたかさを失わずに・・・前を向いていることが・・・嬉しくてのぉ・・・。
今年最初に・・・『あたたかな年に』と言わせてもらったことも・・・甲斐があったのぉ・・・。
マロはのぉ・・・今の世界情勢について・・・憂いてはいないのじゃ・・・。
なぜならのぉ・・・皆の心の力・・・日本の力を・・・信じておるからじゃ・・・。
日本はのぉ・・・まだまだこれから・・・困難に直面していくがのぉ・・・それでも・・・きっと乗り越えていけると・・・マロは信じておるのぉ・・・。
だからのぉ・・・これを読んでいるそなたとしても・・・どうかそのことを・・・信じていてほしいのぉ・・・。
日本はきっと・・・美しく・・・力強く・・・光り輝いていくからのぉ・・・。
今しばらくは・・・追い詰められる時期じゃがのぉ・・・。
それを乗り越えて・・・大いなる幸せに・・・きっと辿り着くことができるじゃろう・・・。
マロは・・・そのことを信じておるし・・・そういう未来も見えていて・・・嬉しいのじゃ・・・。
ただのぉ・・・確かに・・・不確定要素も多くてのぉ・・・。
マロが見えている未来だけが・・・真実とは限らんのぉ・・・。
そこに至るまでには・・・一人一人の心の選択や・・・魂の成長ということも・・・関わってくるからのぉ・・・。
だから・・・今はあまり気を緩めずに・・・そして焦らずに・・・今まで通り自分の心を大切に・・・一歩ずつ・・・歩んでいく時期なのじゃ・・・。
人はのぉ・・・多くの場合・・・困難や苦しみに遭遇すると・・・道に迷いやすくなるのぉ・・・。
こっちがよいと思っても・・・実は心の奥で・・・向き合うべき挑戦から逃げているようなこともあり得るからのぉ・・・。
逆に・・・つい無理をして・・・必要以上の挑戦を背負ってしまうようなこともあり得るのぉ・・・。
だからのぉ・・・やっぱり心のあたたかさが大事でのぉ・・・。
ほどよいあたたかさと・・・平常心を保つことが・・・幸せへ至る道からズレないポイントなのじゃ・・・。
そんな中でのぉ・・・このブログでは・・・いろいろな神が・・・時にレベルの高いことも言っておるからのぉ・・・。
そのような情報は・・・あまり見かけない貴重なもので・・・魂の成長によく活かせている者もいるのじゃが・・・一方で・・・難しく感じる者もおるかもしれんのぉ・・・。
マロは元々・・・人間に寄り添いたい神じゃから・・・あまり多くを求めたくはないのじゃ・・・。
神にはそれぞれ・・・自分の役割があるからのぉ・・・マロはマロの立場で・・・このメッセージを届けておるのぉ・・・。
ただ・・・宇宙の法則というのがあるからのぉ・・・。
マロも・・・そういう法則は踏まえつつのぉ・・・できるだけ・・・みんなの心に寄り添いたいのじゃ・・・。
たとえばのぉ・・・苦しい時に・・・つい怒ったり・・・嘆いたり・・・弱気になったりすることも・・・あると思うのぉ・・・。
それはそれで・・・よいからのぉ・・・。
大切なのは・・・あたたかい心に・・・またゆっくりと・・・戻ってくることじゃ・・・。
平常心というのはのぉ・・・実は・・・あたたかい心だと・・・マロは思うのじゃ・・・。
ではどのようにして・・・この平常心に戻ってくればよいかのぉ・・・。
世の中では・・・悲しいニュースや・・・争いを煽るニュースが・・・飛び交っておるがのぉ・・・。
そういうものに触れた時も・・・つい心が乱れることがあると思うのじゃ・・・。
そういう時にのぉ・・・マロは・・・慈しみを思い出してほしいと思っておるのぉ・・・。
自分自身を慈しんでもよいし・・・縁のある人を慈しんでもよいし・・・世界中の人を慈しんでもよいのぉ・・・。
その時その時で・・・そなたが慈しみたい人に・・・慈しみを持つようにすればよいのじゃ・・・。
それで十分じゃのぉ・・・。
ただのぉ・・・あまり誰かを変えようとして・・・熱心に慈しみのエネルギーを届けようとかは・・・しなくてよいのじゃ・・・。
そうすると・・・やっぱり疲れるものじゃからのぉ・・・。
それに・・・その人が本当に変わるためには・・・その人自身の気付きが必要なものじゃからのぉ・・・。
だとしたら・・・自分のエネルギーは・・・大切に・・・むしろ自分自身に満たした方がよいのじゃ・・・。
そうしておくことで・・・本当に届けるべき時に・・・届けるべき人に・・・必要な言葉と一緒に・・・自然と届けることができるからのぉ・・・。
こういうことは・・・溢れるままに・・・自然に・・・自然に為されるべきことだと思うのぉ・・・。
だからのぉ・・・マロが言いたいのは・・・そなたの中心は・・・慈しみだよ・・・ということなのじゃ・・・。
そなたは・・・悲しみでも・・・怒りでもなく・・・そのままで・・・心の奥に慈しみを宿した・・・純粋な存在だよと・・・マロは言いたいのぉ・・・。
だからのぉ・・・心が乱れた時は・・・このことを思い出してのぉ・・・。
『私の中に・・・慈しみがある』・・・と思って・・・ゆっくりと・・・あたたかい心に戻ってきてほしいのぉ・・・。
その時にのぉ・・・自然と思い浮かぶ誰かに・・・心の中で・・・慈しみを向けてみてもよいのぉ・・・。
熱心に慈しみを届ける感じではなくて・・・自然体で・・・慈しみで見つめるような感じじゃのぉ・・・。
そのようにするとのぉ・・・実は・・・自分自身にも慈しみが満たされていくのじゃ・・・。
もしくはのぉ・・・直接自分自身に・・・慈しみを向けてみてもよいからのぉ・・・。
心と体を楽にしてのぉ・・・そなたにできる範囲でよいからのぉ・・・自分自身に慈しみを向けてみるのじゃ・・・。
たとえばのぉ・・・心を込めて・・・自分自身に・・・『頑張っているね』・・・『きっと大丈夫だよ』・・・とか伝えてみてもよいのぉ・・・。
他にも・・・今の自分に必要だと思う言葉を・・・ぜひ・・・心を込めて・・・・届けてあげてほしいのぉ・・・。
何度も・・・何度ものぉ・・・心を込めて・・・自分自身に・・・慈しみの言葉を届けていくとのぉ・・・だんだん・・・心があたたかくなってくるからのぉ・・・。
そんな風にして・・・日々の中で・・・少しずつ・・・心と体を楽にしていってほしいのぉ・・・。
そういうところから・・・そなたらしい慈しみの世界が・・・広がっていくからのぉ・・・。
この世界はのぉ・・・今・・・慈しみの世界と・・・争いの世界に・・・だんだん分かれてきているのじゃ・・・。
これはのぉ・・・マロ達神々が意図していることではないがのぉ・・・。
宇宙の法則上・・・必然的にのぉ・・・魂の道を歩む者達と・・・魂に反する・・・争いの道を歩む者達の・・・それぞれの世界が・・・形成されてきておるのじゃ・・・。
だからのぉ・・・テレビをつければ・・・争いの世界を宣伝している人達がおるがのぉ・・・。
あまり気にすることはなく・・・そなたとしては・・・慈しみの世界を大切にのぉ・・・。
それが基本じゃからのぉ・・・。
ゆっくり・・・少しずつでよいからのぉ・・・自分自身に・・・慈しみを満たすことを大切にのぉ・・・。
そうすることで・・・自分自身の運命を・・・守っていけるからのぉ・・・。
そなたらしい・・・慈しみの世界を・・・守っていけるからのぉ・・・。
たとえばのぉ・・・今・・・ウクライナで・・・争いが起きているがのぉ・・・。
争いに巻き込まれるべきではない人は・・・ちゃんと神々に守られておるのじゃ・・・。
つまり・・・どんな環境にいても・・・神々から守られるべき人は・・・ちゃんと守られるということじゃのぉ・・・。
だからのぉ・・・そなたとしては・・・日々の中での・・・慈しみを大切にのぉ・・・。
少しずつ・・・少しずつ・・・そなたらしい・・・慈しみの世界を・・・育んでいけば大丈夫じゃからのぉ・・・。
なぜならのぉ・・・マロ達神々も・・・慈しみの世界を願っていて・・・慈しみの灯火を守りたいからなのじゃ・・・。
それでも・・・人によってはのぉ・・・どうしても・・・今の世界情勢と向き合って・・・そういう情報を調べる必要があったり・・・。
もしくは・・・日々忙しく・・・荒々しい環境に関わる必要があったり・・・という・・・さまざまな役目を持っている人も・・・いるかもしれんのぉ・・・。
そういう人はのぉ・・・時々リラックスしてのぉ・・・マロ達神々に・・・心を委ねてほしいのぉ・・・。
慈しみを想いながら・・・『神様・・・私の慈しみをお守り下さい』・・・などと思ってもよいのじゃ・・・。
リラックスしてのぉ・・・心からマロ達神々を信頼できれば・・・効果も大きいからのぉ・・・。
すると・・・外界から受けた荒々しい影響を・・・マロ達神々が浄化するからのぉ・・・。
そなたはのぉ・・・慈しみに満ちた・・・美しい魂を持っておるからのぉ・・・。
だからのぉ・・・どんな環境であれ・・・どんな役目であれ・・・どうか自分自身の心を・・・大切にしてほしいのぉ・・・。
それによってのぉ・・・たとえ争いの世界のど真ん中にいてものぉ・・・そなただけは・・・ずっと慈しみの世界にいる・・・ということになるからのぉ・・・。
慈しみを持って生きている人は・・・まるで光の灯火を持って・・・暗闇の中で生きているようなものじゃのぉ・・・。
その灯火によって・・・この世の暗闇を照らし・・・真実を明るみにして・・・幸せへと至る道を歩み続けることができるのじゃ・・・。
この複雑な現実がのぉ・・・どのように動いているかなどは・・・人によっては・・・知らなくてよいことも多いがのぉ・・・。
唯一・・・自分自身が・・・どのように道を歩むべきかということは・・・心に慈しみの灯火があれば・・・ちゃーんと気付けるようになっておるのじゃ・・・。
だからのぉ・・・心が不安になったり・・・どうすればよいかわからなくなった時はのぉ・・・。
とりあえず・・・怒ってもよいし・・・泣いてもよいし・・・嘆いてもよいからのぉ・・・。
そうやって発散して・・・少し落ち着いてきたら・・・自分のペースで・・・慈しみを取り戻していこうのぉ・・・。
今は・・・とりわけ・・・自分自身の心を大切にのぉ・・・。
もしくは・・・そなたのそばにいる・・・縁の深い人を大切にのぉ・・・。
ゆっくりと・・・微笑むように・・・慈しみの心で・・・少しずつ・・・照らしていけばよいからのぉ・・・。
現実的にのぉ・・・どういう風になっていくのか・・・よくなるのか・・・悪くなるのか・・・きっと気になると思うがのぉ・・・。
そこはよかったら・・・マロ達神々に・・・任せてほしいのじゃ・・・。
人生の中ではのぉ・・・よいことも・・・悪いことも・・・いろいろ起きてくるがのぉ・・・。
全てはちゃんと・・・意味があって・・・どんなことも必ず・・・魂の成長という視点で見れば・・・よいことじゃからのぉ・・・。
人間の世界でものぉ・・・なにがどのように起きていくかは・・・ちゃんとシナリオがあって・・・一人一人の・・・魂の成長過程と・・・密接に関わっておるのじゃ・・・。
だからのぉ・・・そういう神々の案配を・・・信頼してくれると・・・実は・・・一番スムーズに・・・人生を歩んでいくことができるのじゃ・・・。
どうしてものぉ・・・こういう結果がほしいとか・・・こういう支援がほしいとかのぉ・・・拘ってしまう場合もあると思うがのぉ・・・。
そういう時も・・・そなたにできる範囲で・・・運命を受け入れるようにのぉ・・・。
できるだけ・・・自分自身をなだめてのぉ・・・慈しんでほしいのぉ・・・。
この世界はのぉ・・・いろいろな人達が・・・自らの選択を表現している世界でのぉ・・・。
必ずしも・・・勝っている人が正しいのではなくて・・・負けている人が悪いのでもないのぉ・・・。
それはのぉ・・・必ずしも・・・愛されている人や・・・評価されている人が正しいのではなくて・・・愛されず・・・評価されない人の方が・・・ずっと正しいこともあるのじゃ・・・。
なぜならのぉ・・・高次元から見れば・・・今の世では・・・勝っている人・・・評価されている人ほど・・・業が深い場合が多いからのぉ・・・。
勝てば勝つほど・・・得れば得るほど・・・装いや・・・偽りも多くなっていくのが・・・この世界の仕組みだからのぉ・・・。
実は・・・そういう装いや・・・偽りに関わることでも・・・知らず知らず業を積むことがあるのじゃ・・・。
考えてみてほしいのぉ・・・そなたは成功している人を見て・・・妙に心が騒いだり・・・つい嫌悪してしまうことがあるかもしれんのぉ・・・。
それは・・・そなたの心の課題というだけではなく・・・おそらく・・・その人自身の心にも問題があって・・・装いや・・・嘘が秘められているからこそ・・・つい嫌な感じを抱いてしまうものなのじゃ・・・。
だとしたら・・・そういう在り方を広く宣伝していることは・・・すでに悪いことをしているのではなかろうかのぉ・・・?
人の心を乱し・・・装いや嘘の生き方を・・・宣伝しておるわけだからのぉ・・・。
それを見て・・・自分もこうすれば成功できると思って・・・勘違いしてしまう者も多いのぉ・・・。
すでに・・・上層の人々ほど・・・そのようになってしまっておるのぉ・・・。
しかしのぉ・・・人は本来・・・できるだけ素朴に・・・嘘偽りなく・・・魂のままに生きた方がよいのじゃ・・・。
それによって・・・自分らしい慈しみの世界を・・・じっくりゆっくりと・・・育んでいけるのじゃからのぉ・・・。
昔の日本には・・・そういう文化があったのぉ・・・。
しかし・・・昔の日本は・・・貧しかったのじゃ・・・。
今はのぉ・・・ずいぶん豊かにはなったが・・・慈しみが薄くなったのぉ・・・。
だらか・・・慈しみの面で頑張っている人ほど・・・いろいろと苦労している状況があるのぉ・・・。
それでものぉ・・・そういう人には・・・マロ達神々がついておるからのぉ・・・。
大丈夫だからのぉ・・・。
日本の未来は・・・そなた達と共にあるからのぉ・・・。
どうか・・・安心してのぉ・・・慈しみを大切にしていこうのぉ・・・。
マロ達神々と一緒に・・・慈しみの世界を・・・育んでいこうのぉ・・・。
まずは・・・自分自身から・・・慈しみを満たしてのぉ・・・。
それができてきたら・・・少しずつ・・・縁の深い・・・家族や・・・友人から・・・。
ゆっくりじっくりとのぉ・・・慈しみの灯火で・・・照らしていこうのぉ・・・。
光というものはのぉ・・・自然体であれば・・・いくら届けても・・・なくなることはないのじゃ・・・。
だからのぉ・・・もしそなたが・・・誰かに慈しみを届けて・・・疲れたり・・・慈しみが薄くなったと感じたら・・・それはきっと・・・ちょっと無理をしたのじゃ・・・。
たぶんのぉ・・・この社会全体が・・・人に圧力を加えて・・・犠牲を煽るような部分があるからのぉ・・・。
知らず知らず・・・そういう癖が・・・身についてきたのかもしれんのぉ・・・。
このことを・・・よぉく覚えておいてほしいのぉ・・・。
慈しみの灯火とは・・・どんな時も・・・そなたの心の中で・・・育んでいくものじゃからのぉ・・・。
誰かに与えて・・・自分の心が冷たくなってしまったら・・・それは悲しいことじゃからのぉ・・・。
マロ達神々は・・・誰に対しても・・・まずは自分自身から・・・幸せになってほしいと願っておるのじゃ・・・。
まず・・・自分自身の慈しみの灯火を・・・育んでいくところに・・・人生の真の目的があるのぉ・・・。
慈しみの灯火が育まれてきたら・・・自然と他の人も・・・あたたかかく・・・照らしていくことができるからのぉ・・・。
だからのぉ・・・こういうことは・・・焦ってはいかんのぉ・・・。
ゆっくりじっくり・・・自分自身の内側から・・・始めていくことが大事じゃのぉ・・・。
全てはそこから・・・よりよい未来へと・・・繋がっていくからのぉ・・・。
時には・・・怒ったり・・・泣いたり・・・嘆いたりしてもよいからのぉ・・・。
その後は・・・ゆっくりと・・・慈しみに戻っておいでのぉ・・・。
何回も・・・感情と・・・慈しみを・・・行ったり来たりしてもよいからのぉ・・・。
山あり谷ありでよいからのぉ・・・。
だんだんのぉ・・・全てのことがよいことで・・・魂の成長に繋がっているって・・・わかってくるからのぉ・・・。
人間の世界は・・・理不尽に見えるがのぉ・・・いくらお金をたくさん貪っても・・・死後の世界には持って行けないのじゃ・・・。
だから・・・お金というものは・・・虚しいものなのじゃ・・・。
逆にのぉ・・・お金がない中でも・・・慈しみを大切に生きていることは・・・とっても尊いことじゃのぉ・・・。
支配者や・・・権力者が・・・どんなにずる賢くてものぉ・・・いずれ・・・結末の時になれば・・・全ての力が無意味になるのじゃ・・・。
人間の賢さとは・・・所詮・・・そういう脆いものじゃのぉ・・・。
だからのぉ・・・人は皆・・・慈しみを大切に生きるべきなのじゃ・・・。
そこにこそ・・・よりよい未来があるからのぉ・・・。
一緒に行こうのぉ・・・。
マロはいつも・・・そなたの心に・・・寄り添っておるからのぉ・・・。」
関連記事![]()
・2021年5月の記事・・・マロ様より「マロ様より 感謝とねぎらい」
・2022年1月の記事・・・マロ様より「あたたかな年に」
・2022年4月の記事・・・優しい少年の神様より「優しく・・・慎ましく」
関連サイト![]()
・YouTube版「神様達と共に」
・「ピースのnote」・・・最近の記事→「あたたかな絆」、「慈しみの心」
