友人たちと2回目の読書会を開催しました。

今回読んだのは、15年ほど前に書かれた小説です。


ストーリーは面白かったし、大団円の結末に読後感もスッキリ。

ただ、一つだけ少し気になったことがありました。

 

物語のテーマがフェミニズムだったのですが、

当時の価値観と現在とのギャップに、少しモヤっとしたのです。

 

 

ジェンダーやルッキズムに関する価値観は、

この10年くらいで急速に変化したように感じます。

 

昭和の頃は、「政治・宗教・野球」は話題にしない方がいい三大テーマ、

なんて言われていましたが、今だったら間違いなく
「政治・宗教・ジェンダー」
になるのではないでしょうか。

 

ネットでも特に炎上しやすいテーマだと感じています。

(極端な意見が出やすいテーマの一つなんでしょうね。)


私は、フェミニズムに関して特に強い主張があるわけではないのですが

不用意な発言だけはしないように気をつけよう、とビビっております。笑

 

そして、時々、
「こんなスピードで変化する価値観に、

自分はこの先ついていけるのだろうか」
と考えることがあります。

 

すでに、今も、ちゃんとついていけているのか確信はありません。

 

 

時代の変化を感じるといえば、学校での生徒たちの発言です。

自分が高校生だった頃と比較して、そのギャップに驚くことがあります。

 

たとえば、

「アオハルしたかったから高校に入学しました」

とか、

「やっぱ愛が大事」

みたいな発言です。

 

今では普通の発言ですが、昭和に思春期まっただ中だった私は

口が裂けても「青春したい」なんて言えませんでした。

 

「愛」なんて言葉は、どこか嘘くさく感じていたし、

恥ずかしすぎて、一生口にすることが無いように思っていました。笑

 

そういえば、ある授業で、

「これまでの人生を振り返って、

自分をどんなふうに褒めてあげたいですか?」

というワークをしています。

 

すると毎年、数名が
「今まで生きてきたことを褒めてあげたい」
と書くのです。

 

最初にこれを見た時は、本当に驚きました。

どれだけ大変な人生を歩んできたら、

そんな言葉が出てくるんだろう
と思ったからです。

 

実際、かなり苦労してきたことを書いてくれる生徒もいます。

でも、もっとカジュアルに、この言葉を使っている生徒たちもいるのです。

 

私たちが子どもの頃は、苦労は買ってでもしろ、

みたいな風潮が根強く残っていたと思います。

 

でも今は、
「生きているだけで十分大変なんだから、

ここまで生きてきたこと自体を褒めてあげよう」
という感覚の方が、自然なのでしょう。

 

 

高速で変化していく価値観や常識に、

自分がついていけるのか、不安はあります。

 

少なくとも、他者を尊重しようとする意識さえ持っていれば、

なんとかなるはずだと信じたい。笑

 

そして、高校生たちの言葉に驚かされるたびに、

自分の「当たり前」を疑う機会をもらえることは、

とても恵まれたことなのかもしれません。