最近、“小学館の件”が話題になっていましたね。
性犯罪歴のある作家を起用したこと、そしてその後の対応についてです。
報道やSNSを見ていると、「感情的に許せない」という声が多く見られます。
この反応は、とても自然なものだと思います。
性犯罪というテーマは、人の尊厳や安全に深く関わるものだからこそ、強い嫌悪や怒りが湧いてくるのは無理もありません。
私自身も、その空気に触れながら、いろいろと考えさせられました。
ただ同時に、
「メディア企業として、どうあるべきだったのだろう?」
という視点が気になっています。
以前紹介した『マンガでわかる犯罪心理学』には、印象に残っている内容があります。
一般的なイメージとは少し違い、性犯罪は再犯率がそれほど高いわけではないこと。
そして、再犯を防ぐためには「更生」や「社会復帰」がとても大切だということです。
もちろん、すべてのケースが同じではありませんし、
専門家を交えた慎重な判断と対応が必要なのは言うまでもありません。
それでも、刑期を終えた人が社会に戻る道を閉ざしてしまうとしたら、
それはどんな社会なのだろう、と考えてしまいます。
日本社会は、失敗に不寛容と言われたりしますが
今の風潮は、ちょっと大げさに言うと
「一度の過ちで人生が終わる社会」
になってしまっているように感じます。
今回の件については、作品そのものを評価して起用したのだとしたら、
企業としてもう少し違う関わり方もあったのかもしれません。
たとえば、作家のプライバシーを守りきるという選択。
加害者のプライバシーを守ることは、巡りめぐって被害者のプライバシーを守ることにもつながる、という見方もあります。
過去の出来事を長く晒し続けることが、別の形で誰かを傷つけてしまう可能性もあるからです。
一方で、被害者のことを考えると、また別の気持ちも湧いてきます。
加害者の社会復帰と、被害者への支援は、本来は切り分けて考えるべきものだと思います。
今回のように、企業側が被害者と直接コンタクトを取ることには、やはり慎重さが必要だったのではないでしょうか。
もし自分が被害者側の立場だったら、と想像すると、戸惑いや負担の大きさを感じます。
企業としてできることは、他にもあるはずです。
たとえば、被害者支援団体への寄付や、啓発活動への協力など、距離を保ちながら関わる方法もあると思います。
正直なところ、「小学館」と「性犯罪」という組み合わせは、相性が悪すぎましたね。
だからこそ、今回のような感情的な反応が起きるのも無理はないのかもしれません。
それでも、感情だけで終わらせてしまうのは、少しもったいない気もしています。
表現の自由と倫理のバランス。
更生と社会的制裁のあり方。
企業としての責任の取り方。
簡単に答えの出る問いではありませんが、
「どうすればよかったのか」「これからどうしていくとよいのか」を、それぞれが考えるきっかけにはなるのかもしれません。
難しい問題ですが、より良い社会にするためには
言葉にしながら、少しずつ考えていけたらと思って記事にしました。


