つまるところ、わたしは
この恋を肯定しきれないのかもしれない。
肯定できる、ってどういうこと?
「未来がある」って感じられることかな?
お互い、共通の未来像を持っていること?
そうねぇ。
例えば、将来いっしょに住もうね、とか
どこそこに、旅行に行こうね、とか
そういう夢があることかな。
うーん、うーん
でも、ここまで考えて
やっぱり、わたしはそういうことでは
人を好きにならんのだよなぁ。
いっしょにいて、居心地いい~
ってのが、最初にないと。
そういう人に出会ってないだけ?
アプリやパーティーで
「旅行好きの人」とか
「マチュピチュに一緒に行ってくれる人」
って探せば、出会えるのかな?
いやいや
そんな順番では、恋は芽生えない。
アプリで、旅行好きな人をたくさん見るけど
そういう人は主張が強め。
わたしの行きたいところに
ついて来てくれる人がいいんだよ~~
こうやって書くと
わたしって、ほんとにワガママだにゃ💦
本気で人を愛したりしないのかも?
以前、先輩に言われた。
所さんが持病を抱えるようになったとき。
「相手が川野っちの期待に応えられているうちはいいけど
そうじゃなくなったときにどうするか?
それが問われるのよ」
って。
そうだね。
わたしは、わたしの期待に応えてくれる人が好きなだけ?
幼い愛なのだよ。
なんか、でも
はらぺこくんの状況を受け入れるのが
大人の愛かって言うと、
それでは、わたし自身に済まない気がする。
十分大切にしてもらっていると思うけど
そういう点じゃなくて
パートナーと遠くへ旅行したい!
というわたしの願望。
これを、あっさり諦めては
わたし自身に申し訳ないじゃないか。
もっと追求してみていいよね。
でも多分それは
はらぺこくんにぶつける、ということじゃない。
ちょうど、少し前に見た
チホちゃんのブログ。
↓
タイトルより中身がずーーっと深いのです😊
「自分の中にいる、親の人格と子どもの人格」
両者がいい関係を育むことが大事。
うんうん。これだー!
パートナーとマチュピチュに行きたいよぅ!!
って子どものわたしが言うのを
親のわたしが、うんうん、ってわかってあげるんだね。
なにか、それは
先輩が言っていたことに、つながっていく気がする。
わたし、パートナーといると、
子どもの役ばっかりしてしまう。
期待に応えてもらったり
さみしくて、しがみついたり。
わたしの中で大人の人格が育っていくと
自分自身も
パートナーも
きっと楽になっていく。
ずぅぅぅぅっと、おんなじところを
行ったり来たりしてる気がするけど
うん
肯定しきれなくても、いいんだろう。
肯定できないのを肯定して
今日はおしまい!!😊
(おしまい)
