三輪山には、かれこれ50回以上登拝しているだろう。
しかし、今までは靴を履いて登拝していた。
裸足で登ると気持ちいいのは分かっていた。
実際に地面に手を当てると心地いいからだ。
靴を履いていた理由は、怪我を考えてのことだ。
「神は人の血や体液を嫌う…」
師にこう聞いていたからだ。
俗に言う「穢れ」というものだ。
靴を履いていれば、その心配はないからである。
ところが、先日…
ある女性のヒーラーの方に再会した。
以前記事に書いた、一緒に君が代を歌った方だ。
「あなたはもう裸足で登拝するべきです…」
ニュアンスは少し違うが、そのように忠告を受けた。
要するに…
魂のエネルギーと肉体の融合。
「更なる御霊磨きに取り組むべきだ」
と言われたのだ。
私の中に「いつかは裸足で…」
そういう想いはあった。
「って言うか…私、言わされてるわ…」
ヒーラーの方が笑っていた。
上からの指示…
そう言う事になる。
こうなったら、仕方が無い…
自らの想いと同じなのだから…
それで昨日、裸足で登拝してみた。
その結果はと言うと…
私の感覚で、3~5割増しと言う所だろうか。
今まで「どちらでも良いのでは?」と言ってきた。
だが、それは間違いであった。
「霊気や波動を感じたいのなら、裸足で登るべきだ!」
これからはこう言うことに決めた。
それだけの差は十分にある。
だが、これは人によって違うと思う。
実は…
ここに至るまでに、ある出来事があった。
「分かりやすい方法で、お導きください…」
その願いが、ある形で現れた。
登拝用の靴のソールが剥がれたのだ。
「登るなってこと…?」
私は、その意味をそう捉えてしまった。
でも、登りたい気持ちは変わらない。
接着剤で修理して使っていた。
それで、今回の出来事だ。
靴が壊れたのは、必要ないからである。
その事に、いつまでも気がつかないので、
使者まで遣わしていただいた。
しかも、その方の言う事なら聞くだろう。
そこまでの、方を…
自らのネガティブなイメージ。
それが、間違った答えを導いてしまう。
良い例だと言える。
まだまだやるべき事はある。
なんだか少し、うれしくなった。