客観性ってあるのか? | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話

 

 

 

 

 

この世には「客観性」は存在しないと言われている。


お互いの、似ている「主観」があるだけだ。



測定器などで測定した科学的な結果とは、また違う話だ。



人それぞれに見え方などの(視力など)五感の性能は違う。


同じものを見ても、二人の脳に刻まれたビジョンは違ってくる。



脳のビジョンを見ることが出来る装置があれば、


誰もが違う世界にいることに気づく筈だ。



一本の赤いバラ花。


バラの花の形の大きさ、歪み。


赤の色の濃度…



どれをとっても厳密には微妙に違う筈だ。


ただ、似ているだけである。



これは、スピリチュアルの世界でも同じだ。


波動の動きを言葉で説明することは、ほぼ不可能である。


人によって、感度も感じ方も違うからだ。



私はいつも、『料理の「味」に似ている』と説明している。


人の感覚は「主観」しかない。


波動の強さを測るのは、本人の勘に頼るしかない。



では、どうすればわかるようになるのか?



同じ場で、同じ体験をして、答えを合わせる。


これが、一番速く身につく方法である。



そのためには、分かる人と「同じ場」にいなければならない。


物事が発生するのは「場」であるからである。



先日、その例えになるような出来事があった。




三輪山などのスピリチュアルスポットは「場」が整っている。


ある方と話をしている時に、その場が乱れたのだ。


その方の様子がおかしかったので気付いた。


「しんどいですか?」


「ええ…」


どうやら、感度の高い方のようだ。



その原因は人である。


冷媒体質の方が数人いたのだ。



私は気付いていたのだが、いつものことなので


知らぬふりをしていた。


実は波動の高い所は、低いところよりも感じにくい。


ある意味、強い波動が感覚を乱している。



三輪山などで感じる低い波動は…


下に降りると、とんでもなく強いということだ。



本人達は気付いていないことが多い。


それも学びであるからだ。



その方達が去り「場」の様子が変わった。



「変わったでしょう?」


と私が尋ねると…



「ええ…楽になりました…」


「良い経験になりました」


その方はそう答えた。



そう言う事である。



体験することが一番の近道である。


これは、本をどれだけ読んでも身にはつかない。



本を読んだだけで身につく方は、


ほぼ「出来上がっている」と言って良いだろう。



どんな出来事であろうと、受け取るのは自分だ。


それを拒んでいては、宇宙は広がらない。



体験は自らを変える鍵である。



そのために、この世があると言っていい。



自分自身の「主観」を創り上げること。



それは、自分の宇宙を広げる作業だ。


そして…


誰にでもその力は備わっているのだ。